アトランテイスの謎
清水邦生訳、岩波新書1968年第11刷刊
著者は、1925年レニングラード大学生物学部を卒業、同大学の助教授を経て科学小説や、宗教史、民族史なとの文学活動に移りました。女流作家として活動したそうです。
アトランテイスは、紀元前1万年ころに、1日と一夜のうちに大西洋に沈んだと、ギリシャのプラトン(BC427~347)が伝えた謎の大陸です。プラトンは、この話を祖父のクリテイアスから聞きました。祖父は賢者ソロンから聞き、ソロンはサイスでエジプトの神官たちから、この伝説を知ったといいます。サイスは、ナイルの三角州にあった古代都市でした。
サイスでは、遠い古代にあった事件をすべて古文書に記して、神殿に納めていました。アトランテイス伝説もその中にあったというのです。こんなことが本当にあったのでしょうか。
本書ではこのプラトンの話を、15ページにわたって詳しく紹介しています。アトランテイスは、ジブラルタル海峡の西の大洋にあって、反対側の大陸(アメリカ?)とも大きな海で隔てられていること、素晴らしい自然や、住民、王侯の生活などが、実にリアルに語られていました。そのアトランテイスが突然海中に沈んで、今は影も形もないというのです。
この伝説がなぜヨーロッパの社会で、果てしない論争をまきおこしたのでしょう。それは、このアトランテイスの理想郷のような文化が、もしかしたらヨーロッパ文明の源流ではないかと考えたからです。しかしあまりの荒唐無稽さに、歴史学者の多くは否定的でした。
ところが15世紀末のコロンブスによる新大陸の発見が、空気を一変させたのです。反対側に大陸が実在し、そこには驚くほどの大文明が栄えていました。アトランテイス人が、伝えていたのではないか。ギリシャやエジプトの旧大陸の文明と、実によく似ていたのです。さらに19世紀になると、シュリーマンによる、トロイの遺跡の発見が、古代伝説の見方を変えることになりました。クレタ島の発掘が始まり、海に沈んだエーゲ海文明が出てくると、アトランテイスの東方進出の記述に一致して、考古学者たちの論争が激化してきました。
この時点ではまだ大陸移動説は生まれていませんでしたが、地質学者も参加して、海底ケーブル敷設による3000mの深海底地形や溶岩の検出などの情報から、アゾレス諸島やカナリア諸島が古代大陸の遺物との見解が出されました。植物学者や動物学者、それに人類学者も参加して、アトランテイスの植民地の探索が始まり、アフリカの黄金海岸にそれらしき痕跡を発見しています。1930年代に入ると、学者たちの論争はますます過激になり、ソルボンヌ大学に「アトランテイス研究協会」が設立されました。その研究会は第一回から議論が白熱し、大荒れに荒れて爆弾騒ぎまで起きて、ついに研究会は中止になってしまいました。
その後、地質学は大きく進展しました。英国とソ連の学者は、氷河時代に北大西洋に大陸があって、その後沈降したという仮説を展開し、さまざまな痕跡を提示しました。すでに大陸沈降の可能性は、学問的に明らかになっています。ただそれがアトランテイスの実在証明となるかは、まだ大きな問題として残されています。本書は、アトランテイス研究史と、近代科学の成果の両面から、この複雑な古代文明史を本格的に追究した好著でした。「了」