過去に何が起きたのか、これから何が起こるのか
講談社ブルーバックス2017年2月刊
著者は、立命館大学古気候学研究センター長で、福井県にある水月湖の年縞研究プロジェクトのリーダーです。2012年に、水月湖の年縞は「世界一正確な年代がわかる堆積物」として、地質年代の世界標準として認定されました。それは45mの厚さを持ち、7万年以上もの時間をカバーするものでした。1991年春に始まった日本の年縞研究の輝かしい成果です。年縞堆積物には様々な花粉の化石や鉱物が含まれていて、過去の気候変動の証拠を知ることができます。水月湖では、地質時代に「何が」起きたかだけでなく、それが「いつ」だったのかを正確に知ることができるのです。このプロジェクトは今も進行中で、続々と新しい発見があり、私たちの未来の気候変動を知る大きなヒントになっています。
長期にわたる気候変動については、世界各地の岩石に含まれる酸素の同位体比率から、5億年の温度が復元されています。今から2億5千年前には、温暖化の進んだ現代よりも地球の平均温度は10℃も高く、シダ植物が繁茂し、巨大な昆虫が空を飛んでいました。温暖化は何度も出現しています。ただそれには上限がありました。一方寒冷化の変動は、時に暴走することがあって、地球が全球凍結したことがありました。また南極の氷からは過去80万年の温度が復元され、ほぼ10万年の際立った周期が確認されました。その気温は9割が氷期で、温暖な時期は1割しかありません。現代は例外的に温暖だとわかったのです。
この変動の要因を解明したのがミランコビッチでした。地球の公転軌道と地軸の傾きが気候に大きく影響するといいます。それは現代の温暖化がすでにピークを過ぎていることを予想させました。またグリーンランドの氷床からも6万年の気候が復元され、ダイナミックな氷期が終わった時の急激な温暖化と、異常なほどの安定に移行したことを示しました。単純な周期が変わったらしい。この時期の詳細な実態解明が待たれていたのです。
ここに登場したのが水月湖の年縞です。安田、北川らの先駆的研究を継いで、著者は国際研究プロジェクトを展開しました。ドイツのポツダム地質学研究所、イギリスのウェールス大学、グラスゴー大学など、さらにオクスフォード大学はベイズ統計手法で誤差を修正して、最終的に5万年で±169年の精度に到達しました。その堆積物は、さらに15万年もの周辺気候をも知らせてくれたのです。過去の気候変動を復元するカギは、ケッペンの気候区分図と花粉分析にありました。単なる気温や降水量ではない、植生景観から気候を読み解くと、水月湖の周辺ではスギが全山を埋め尽くし、それがモミやトウヒ、シラカバに交代しており、その変動周期は2万3千年のミランコビッチ理論と一致していました。
花粉分析のモダンアナログ法は、詳細な変動を明らかにしました。それは驚くことに、氷期の終わりの僅か数年の間に、気候が劇的に別次元に移行したことを示していました。暴走した気候変動は、狩猟社会よりも農耕社会を直撃しました。古代文明が崩壊した原因でしょう。その後の現代の安定した気候は、これまでなかった異常な現象です。それが人為的かどうかはわかりませんが、最近変わりそうな気配が出てきました。別図にもミランコビッチ理論からの乖離が見られます。人類は果たして適応できるのでしょうか。「了」