「氷河時代」鈴木秀夫著 2021年2月11日 吉澤有介

人類の未来はどうなるか

講談社現代新書、昭和50年11月刊

著者(1932~2011)は、東京大学理学部地理学科卒の地理学者で、エチオピア・ハイレセラシエ一世大学助教授を経て東大教授となっています。本書執筆当時は助教授でした。

300万年に及ぶ人類の歴史の中で、氷河時代は何回もあり、それによって人類の生活は大きく変わってきました。現在は、その激動の歴史の中の一断面にあります。氷河時代は過去のことですが、また未来のことでもあるのです。そして地球はいま、確実に次の氷河時代に向かっています。予測される氷河時代の様相は一様ではありませんが、著者は人類の未来のために、過去の氷河時代の環境の復元を試み、現代に及ぼすその影響を追究しています。

氷河時代は何回も地球を訪れており、数億年前の先カンブリア紀にも、2億数千年前の二畳紀にもありました。しかし、その後は長い温暖な時期が続いていました。ところが今からおよそ百万年前から突然に、また氷期が繰り返す氷河の時代、第4紀が始まったのです。

欧州では、その氷期がこれまでに6回あったことがわかっています。古い順に、ブリュッゲン、エプロン、ギュンズ、ミンデル、リス、ヴュルム氷期と名付けらました。うち20万年前のリス氷期が最大で、それ以前の氷期の痕跡をほぼ破壊しました。そして最後のヴュルム氷期が約7万年前に始まり、2万年前に最大となって、およそ1万年前に終わり、現在の間氷期に入りました。氷期は世界的に起こりましたが、欧州の痕跡がとくに大きかったので、研究も進んでいます。いま観察できる氷河は主にアルプスで、氷河地形が明瞭に理解できますが、これはまだ小規模の部類です。欧州北部に発達した氷河は、はるかに巨大で、スカンジナビア半島を中心に、厚さ3000mを超えた大陸氷床は、地盤を強く圧迫していました。氷が解けた現在、地盤の弾力の復元で北欧の山々は年間1cmずつ高くなっています。

氷河地形のカールやU字谷、氷河湖、モレーンなどはよく知られていますが、氷河の来なかった地方では、乾燥した土壌の凍結の繰り返しによる浸食で、ゆるやかなソリフラクション地形ができました。ドイツ平原の起伏は、後に戦車の走行の舞台となり、北海道を代表する風景にもなっています。アフリカでは、北風が地中海を超えてサハラの奥地まで雨を降らせ、サハラは緑の大地となりました。野生動物も増えて、旧石器時代人の活動の場となりました。北米大陸には北半球最大の大陸氷床が発達しました。メキシコ湾から大量の水蒸気が供給されたからです。一方南米では、南極からの風系が北上して、ブラジルが乾燥して大草原になっていました。パタゴニアに氷河があったかは、まだ議論が分かれています。シベリアには水蒸気の供給がなかったので、氷河はできませんでした。日本もその影響で、高山以外は雪が降るだけで、森林と複雑な植生が残り、目立った浸食を受けなかったのです。

氷河時代の気温とヴュルム氷期の世界 参考図

氷期が終わると、植生などの自然は単純な形で回復してゆきました。間氷期でも何回か低温の時代があり、小氷河期と呼ばれています。気温の低下は小さくとも、人々の生活、文明に大きな影響が出ました。原始農業では、植生の変化は致命的だったのです。単純な自然の中では、知識の整理が容易で二者択一の思想が生まれ、複雑な自然の中では、思考様式が複雑になりました。さて、次なる氷期では、どのような文明が生き残るのでしょうか。「了」

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