- 増えすぎるシカ、人里へ出るクマ
編著者の一人、河合さんは丹波篠山の生まれで、旧制新潟高等学校を経て京都大学理学部動物学科卒、現在は京都大学名誉教授です。専門は生態学、人類学で、サルからヒトへの進化についての多数の著書があり、皆さんよくご存じでしょう。河合兄弟としても著名です。
林さんは東京大学農学部を卒業、バーバード大学、コーネル大学を経て現在は東京大学大学院農学生命科学研究教授で、動物資源科学、ヒトと動物の関係学が専門です。各論には京都大学、東京農工大学、北海道大学、日本獣医畜産大学から6人の研究者が参加しています。
日本の里山は昭和のはじめころまで、人と動物たちは共存していました。農民の天敵イノシシを除けば特別の害はなく、のどかな世界だったのです。それが戦後の里山の崩壊が起爆剤となって、今や野生動物による被害が、全国的に深刻な問題になっています。
その主因としては、燃料革命で里山に人が入らなったことに加えて、拡大造林で自然林が失われ、動物たちの生息地が破壊されたためといわれています。しかし実態はまるで違いました。森林の大規模伐採された跡地は、日本の温暖な気候ですぐに灌木や草地で覆われて、若芽や木の実に恵まれた動物たちの天国のような採食場となり、個体数が急増することになりました。とくにシカは開けた環境が大好きです。クマもサルも行動半径を拡大してゆきました。さらに輸入材の増加による林業の衰退で、今では森に入る人を殆どみかけません。
かっての里山は、動物たちと人々がともに利用する入会地でした。そこにはお互いに巧妙に触れ合わないという暗契があったのです。その伝統が崩れてから後に生まれた世代は、学習する機会がないまま人里に侵入し、今や里山は野生動物の領有地となってしまいました。
これからの里山はどうあるべきなのでしょうか。森を資源と考えると、①生産資源、②環境資源、③文化資源の三つのカテゴリーがあります。①②はよく論じられますが、③が盲点でした。ドイツには森を楽しむ文化がしっかりと根付いています。休日には市民がこぞって森に出かけ、清澄な空気と森の精気に浸って、心身をリフレッシュするのです。経済的の要求よりもはるかに強い。日本人は自然愛好者といわれますが、自然から美を抽出して身近で愛でるばかりで、森そのものを楽しむ風習は殆どありませんでした。現在膨大な面積の低山が遊休地化しています。人が里山から撤退したことが野生動物被害の発端でした。今こそ里山に人が入る機会を増やし、動物との新たな入会地を復活させることが肝要なのです。
野生動物の保全と管理にワイルドライフ・マネジメントという考え方があります。被害があって捕獲するのではなく、野生動物とうまくつきあってゆくことを目指すのです。西欧では昔から王侯貴族が、領地内に生息しているシカや野ウサギなどの狩猟を楽しんできました。いつ狩りに出かけても獲物がとれるためには、ある程度の個体数を適切に維持してゆく必要があり、そのための学問があったのです。さらに最近は、保全生物学により生物多様性が求められて、個体数管理、生息地管理、被害管理の強化が緊急な課題となってきました。
本書の各論では、動物ごとに詳細な実態を取り上げています。とくに被害防止の現場では、試行錯誤による苦労を重ねていました。今まさに新たな文化が求められているのです。「了」