資源・開発・移住
中公新書2019年9月刊 著者は、惑星地質学、鉱物学、火山学の専門家です。東京大学大学院理学系研究科鉱物学教室で学位取得後、フランスの大学や秋田大学などを経て、現在は大阪大学理学研究科宇宙地球科学専攻准教授として、JAXA月探査「かぐや」や月着陸計画SLIMなどの数々の月探査プロジェクトに、キーマンとして参画してきました。月探査の現状を熱く語っています。
アポロ計画から50周年となる今日まで、人類は月には行っていません。ところが、ここ数年、月についての世界の状況は一変しました。かっての大航海時代や産業革命をも超える、まさに人類史の大転換点を迎えようとしています。各国の無人探査機によって、月についての情報は、格段に充実してきました。月は、次なるフロンテイアであり、「7番目の大陸」とみることもできます。「月」は、アフリカ大陸とオーストラリア大陸をあわせたくらいの広大な「大陸」です。人類が火星や木星、土星へと活動を拡大してゆく基地であり、かつ膨大な資源があるとみる各国が、未来の太陽系の地図を描いて開発を競っているのです。
月の成因には、様々な説がありましたが、1990年代後半に、惑星科学者の井田茂と小久保英一郎らが、火星ほどの天体をある角度で衝突させるコンピューターシミレーションで月ができると発表したことで、多くの現象を説明できるようになりました。明るい高地も暗い海も、もとは岩石の塊でした。しかし今は、宇宙線や微細な隕石の衝突による宇宙風化によって細かな砂で覆われています。アポロの写真に足跡を残した、小麦粉に近い細かさで「レゴリス」と呼ばれ、月面活動に使用する機器などに付着して、大きな障害を起こします。
アポロ計画では、月には水がないことが明らかになりました。ところがその後の探査で、極地に大量の水素が発見されました。もとからあったなら、水素を含んだ角せん石や雲母などの鉱物があるはずですが見当たりません。とすれば彗星や隕石の落下か、地下のマグマや太陽風由来でしょう。そこに「かぐや」による永久影発見がありました。南極にあるシャックルトンクレーターの底に、永久に太陽光が当たらない部分があり、―190℃のその場所のレゴリスに、水が凍結保存されている可能性があるのです。2017年、JAXAはインドと共同で、その水資源探査を行うと発表しました。実際に水があるのか、結果が待たれます。
月まで物資を運ぶには、1㎏当たり約1億円のコストがかかります。基地をつくる素材は、月で調達しなければなりません。月表面の岩石は、大半が玄武岩と斜長石で、それに橄欖岩と鉱物のチタン鉄鉱石が加わります。建築材料には、レゴリスの焼結ブロックがよいでしょう。太陽光を集めた太陽炉を利用します。分厚いブロックは、危険な宇宙放射線や微小隕石を防ぐために必須です。金属は、鉄、チタン、Mg、Al、Siなどが豊富です。鉱物から金属を取り出すときには、副産物として酸素が出てきます。発電には原子力電池が重宝ですが、日本チームでは採用していません。中国の基地から買い付けることになるでしょう。
月には限られた一等地があります。日照率の高い平地ですが、表側では僅か二か所しかありません。あとは「かぐや」が見つけた三つの縦穴があります。溶岩トンネルらしいのですが、安全な地下構造物として有望です。近年の月探査は、著しい成果を挙げていました。「了」