岩波新書、2019年1月刊 著者は、北海道大学大学院理学研究員教授で、分子系統進化学、動物地理学が専門です。動物地理学とは、世界の各地に生息する動物の進化や、多様性、起源地からの渡来の経路などを探る研究です。これまでの研究で、日本の動物たちの故郷がユーラシア大陸であることがわかってきました。著者は、20年にわたってユーラシア大陸の実地調査を行い、海外の研究者とともに共同研究を続けてきました。本書はその現地からの報告です。
動物地理区の成立には、地球規模の大陸移動や、海峡、陸橋が大きく影響しています。植物の分布も、動物の移動を引き起こします。最近の高校の教科書には「バイオーム」という用語が出ています。これは地域ごとに適応して生息している、動植物、それに微生物までも含めた「生物群系」を指し、その環境は、熱帯多雨林、照葉樹林、針葉樹林に、サバンナ、ステップ、ツンドラや砂漠などさまざまです。そのうち寒冷地に適応した動物には、際立った特徴がありました。「アレンの規則」と「ベルグマンの規則」がよく知られています。
日本列島に生息する陸生動物は、地理的に隔離され、多様なバイオームとの相互作用で進化してきた集団です。その動物分布の共通性や固有性から、いくつかの動物区系境界線が引かれています。最も有名な境界線は津軽海峡の「プラキストン線」で、北方系のヒグマと南方系のツキノワグマの分布が分かれて、日本列島の成因を反映していました。
著者は、北方系のルーツを求めて、北欧のフィンランドを訪れました。ヘルシンキ大学と北大とは深いお付き合いがあります。ヨーロッパでは、様々な生物種の系統地理学の共同研究が盛んです。最終氷期(約1万年前まで)には、多くの哺乳類は寒さを避けてイベリア半島とバルカン半島に移動しました。その後の温暖化で森林が北上すると、動物たちも北へ移動します。ヒグマやヨーロッパトガリネズミなどのミトコンドリアDNA解析で、その2か所の逃避所からは別ルートで北上し、スカンジア半島の北部で合流したことがわかりました。彼らは広くユーラシアに分布を拡大し、北海道にも及びました。日本列島の本州以南には固有種が多くいますが、北海道では固有種はなく、ユーラシアと共通しているのです。
ロシアの旧都サンクトペテルブルクでは、ロシア科学アカデミー動物学研究所と動物学博物館があり、「ベレゾフカのマンモス」の剥製が有名です。ここでは帝政ロシア時代に、多くの探検家たちがシベリアからアラスカにかけて調査した動植物の情報が蓄積されていました。幕末に日本に滞在したシーボルトの収集した日本の動物の資料についても、詳しい研究が行われ、二ホンイタチがシベリアイタチとは、系統進化的には近縁だが遺伝的には別種で、二ホンイタチが独立種であることを認定しています。またヴォルガ川とウラル山脈が、動物集団の移動に障壁となっており、東西のアナグマの分布が分かれます。イタチ科のクロテンは良質の毛皮で、シベリア探検のきっかけとなりました。ヒグマの系統も詳細に研究されています。オオカミやシマフクロウの分布も興味深いものでした。著者は、さらにバイカル湖へと調査を続けます。ここはかって明治11年に榎本武揚が辿った道でした。著者の旅にもさまざまなエピソードがあって、広大なシベリアの人と自然が印象的でした。「了」