東郷えりか訳、河出文庫、2018年9月刊 著者は、英国レスター大学で、宇宙生物学を専攻する研究者です。火星における生命の痕跡の探索プロジェクトに参加し、サイエンス・ライターとしても活躍しています。
私たちの知っていた世界は終わりました。要因はいろいろです。トリインフルエンザが人間にもとりついたり、生物兵器テロなどで、予防する間もなく感染症が拡大して、世界人口の大半を死に追いやりました。それに国際紛争が、あらゆる理性の範囲を超えて、ついに核兵器が使用され、その報復が繰り返されました。また直径が1㎞ほどの小惑星が地球に激突した可能性もあります。直撃は灼熱の熱風となり、その後粉塵で地球の気温は急激に下がって、世界規模の飢饉になりました。しかし、奇跡的に生き残った人たちがいました。
本書は、その生存者のための手引書です。さて、どうするか。それまでの文明が、すべて崩壊した廃墟から、どのようにして立ち上がることができるでしょうか。先進国の人々は、自分たちを支えてきた文明の、食糧や住居、衣服に医薬品などの生産過程をほとんど知りません。インフラの構築方法も、スマホの技術も知らず、鉛筆一本でさえ作れないのです。
大破局の直後なら、まだスーパーの棚に缶詰が残っているでしょう。野菜やコメもあるかも知れません。しかしこれは、同じく生き残った小動物や、細菌とも競合します。残存物資による生存猶予期間は僅かでしょう。たとえ知識があっても、生きるすべをすぐさま実用化できなければなりません。基礎的な知識と、科学の原理をどのように生かせるでしょうか。最新の文明に飛躍的に到達した例として、19世紀の日本がありますが、大破局の場合にはあてはまりません。最低レベルの生活様式を取り戻す、文明の再起動なのです。
さて、地球規模の大惨事から、一体どのくらいの人数が生き残れば、文明の再建ができるのでしょうか。人口回復に必要な人数は、今日のニュージーランドのマオリ族のミトコンドリアDNA配列の解析から、70人の出産可能な女性が必要で、その2倍以上の集団とされています。そしてまず農業から始めます。しかし、放置された農家の納屋にあった種子は、ほとんどがハイブリッドの1年ものです。在来作物の種子を探さなければなりません。世界各地に種子バンクが貯蔵されてはいますが、果たしてそこに辿りつけるでしょうか。
大破局で、気候は厳しさを増しています。肥沃な土壌が得られ、それを耕作できる手段があるでしょうか。畜産も必須です。肥料は、人や家畜の排せつ物に頼るしかありません。食糧保存のために塩も必要です。熱エネルギーには、廃墟に侵入してきた森林の木材、さらに効率をあげるには木炭が最適です。炭焼きの技術が求められます。粘土を見つけて壺をつくり。石灰モルタルをつくる。金属の精錬などは気の遠くなるような話です。また、ここはどこ、いま何時かも知らなければなりません。日時計も役立つことでしょう。星を観測して、季節や一日を割り出し、手帳に記録します。その紙も手すきでつくるのです。
生き残った人々は、既存の技術をできるだけ有効に使うとしても、世代を経るにつれて、迷信や魔術も生まれやすい。科学と技術に再入門して、確かな道を探ってゆくのです。「了」