「カラス博士と学生たちのどうぶつ研究奮闘記」杉田昭栄著 2019年8月25日 吉澤有介

農学部解剖学研究室の悲喜こもごも  緑書房、2019年3月刊

著者は、宇都宮大学名誉教授で、カラス博士として著名です。著書に「カラス学のすすめ」があり、これはすでにご紹介しました。本書は、カラス博士が20年あまりの教授生活で遭遇した、悲喜こもごものエピソードを満載したものです。動物たちと付き合う大学の研究室のおもしろさを、つぶさに教えてくれました。そのいくつかを取り上げてみましょう。

・センセイ!犯人はカラスです。

この出来事は、著者がカラスとの付き合いを始めるきっかけとなった事件でした。著者は当時、ニワトリを使って「光と体」のテーマに取り組んでいました。トリは、体のリズムをつくる光を、第三の眼と呼ばれる脳の松果体で受け取っていて、哺乳類よりも神秘的だったからです。その実験に使うニワトリは、研究室から14㎞離れた付属農場で、十数羽を飼育していました。ある朝、エサ当番の学生から、突然の電話がありました。「センセイ!ニワトリが、半数以上死んでいます!」。駆け付けてみると、現場は凄惨そのものでした。頭はない。内臓もない。血だらけの首なし死体が散乱しています。ケージはイタチや犬を防ぐ金網で守られていたのに、数日後またやられました。エサ当番の学生は責任を感じて、鶏舎に泊まり込み、ついに犯人を突き止めました。天井から侵入した、カラスだったのです。著者は、それまでカラスが動物を襲うとは、考えてもみませんでした。その後の研究が、大きくカラスに傾いたのです。きっと神の使いの八咫烏が、運命を導いてくれたのでしょう。

・カラスの肉を食べさせられるセンセイ

著者の研究室は、いろいろな動物を解剖します。多くの命を頂いて教育や研究をしているのです。そこで解剖をした日には、その動物の鎮魂と、解剖の慰労を兼ねたお清めを行う習慣がありました。最近は慰労会だけが多くなり、誰かが肉の買い出しにゆくのです。ある日35羽のカラスを解剖しました。発達した腦や、胃の内容物を調査しました。行政からの依頼です。その日駆除されたカラスを引き取り、手順を定めて解剖して、いよいよ慰労会です。慣れたスタッフは食欲旺盛で、市販の肉や野菜を料理して味わいます。ところが、そこに変な肉がありました。味も食感もブタやウシとも違います。T君が、センセイそのお味はいかがと聞いてきました。初めての味だけど悪くないと答えたら笑って、カラスですよ。やられました。しかし調べてみると、カラス肉には肌によいタウリンが多く含まれていました。

・センセイ!カラスを逃がしてしまいました—

ある土曜の夕方、4年生のOさんから緊急の電話です。いつも事件を起こす   Oさんに悪い予感がしたら、やはり一番大切なカラスを逃がしたとのこと。研究室では、カラスの記憶力を調べる実験中だったのです。人間の顔を覚えるための、一か月の英才教育をして、さらにその記憶力の持続を確かめる予定でした。また一からのやり直しです。ところがほかのスタッフも、また別のエリートカラスに逃げられてしまいました。どうやら隣のカゴの逃走劇を見て学んだらしいのです。カラスの知能の高さには、研究室一同も驚くばかりでした。

本書では、モグラにダチョウや、コウモリまで出てきます。捧腹絶倒物語でした。「了」

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