脳と体を乗っ取り、巧みに操る生物たち 幻冬舎新書、2017年9月刊
著者は、千葉大学大学院出身の生物学者で、独法日本学術振興会特別研究員として、主に感染症、結核ワクチンの研究や、免疫細胞療法を中心としたがん治療、再生医療の研究を行っています。本書では、自然界に存在するさまざまな共生・寄生関係の中で、小さく弱そうに見える寄生者たちが、自分の何倍から何千倍も大きな体を持つ宿主の脳も体も乗っ取り、自己に都合の良いように巧みに操る、生物たちの恐るべき生存戦略を紹介しています。
カタツムリは、吸虫ロイコクロリデイウムに寄生されると、脳を操られてなぜか昼間に動き出し、ふらふらと木に登って、天敵のトリに見つかりやすい明るい葉っぱの表に移動します。この寄生者はさらに工夫をこらして、カタツムリの触角を操り、トリの大好物のイモムシそっくりに見せかけます。カタツムリは簡単にトリに食べられ、体内にいた寄生者のロイコクロリデイウムは、まんまとトリの腸に入って栄養をもらい、卵を産んで糞と一緒に地上に落ち、またカタツムリに食べられて寄生するのです。恐ろしいライフサイクルでした。
カタツムリには、また別の吸虫デイクロコエリウムが寄生します。この吸虫は、ウシ→カタツムリ→アリ→ウシ(最終宿主)と渡り歩きます。まずウシの体内で卵を産み、ウシの糞とともにカタツムリに食べられてその体内で孵化し、粘液とともに脱出します。そこで運よくアリに食べられると、次のウシへの移動が凄い。通常アリはウシが近づくと素早く逃げてゆきます。しかし寄生されたアリは、逃げずに草の先に登って動きを止めてしまいます。こうして草と一緒にウシに食べられるのです。アリは宿主に行動を支配されていました。
冬虫夏草は広く知られています。キノコの菌は、まず生きた昆虫の体内に侵入し、その体内の栄養分を吸収して殺します。昆虫の死体で冬を過ごし(冬虫)、春の終わりころに発芽する(夏草)のです。ブラジルには、アリの脳と体を乗っ取り、ゾンビにして酔ったように好みの葉まで歩かせ、決まった時刻にアリの頭を突き破って発芽する菌までいました。
またコマユバチの一種のブードウーワスプは、体長数ミリの寄生バチで、ガの幼虫のイモムシの体内に直接卵を産みつけます。孵化した幼虫は、イモムシが蛹になるまでの間、新鮮な内臓を食べつくします。やがて幼虫たちはイモムシの体を突き破って出てきますが、まだ弱くて動けません。全くの無防備で昆虫たちに狙われます。ところが内臓を食べつくされた瀕死のイモムシが激しく動いて、自分を食べた幼虫たちを全力で守る行動をとるのです。
著者は、このような生物の多くの事例から、さらに私たち人間の周囲にいるウィルスの恐ろしさを語ります。ウィルスは生物というよりも物質に限りなく近い存在で、自分のゲノムを持ちながら、単体では自己複製ができません。他の生物の細胞に取り付いて、その機能を乗っ取り、増殖してゆくのです。古代から蔓延し続けている狂犬病では、ウィルスが傷口から脳に達し、宿主の行動を操ります。100%死に至るこの病の治療法はいまだにありません。
また私たちの腸内には約500種、100兆個、重さにして約1㎏の共生細菌がいて、私たちの性格や感情まで支配しているらしいのです。腸は第二の腦と呼ばれる所以です。人間も生物の一種であり、さまざまな生物と複雑な相互作用をしていることを知りました。「了」