「水の戦争」 2025年11月8日 吉澤有介

橋本淳司著、文春新書、2025年9月刊  著者は1967年、群馬県生まれ、学習院大学卒、出版社勤務を経て、水ジャーナリストとして独立しました。アクアスフィア・水教育研究所代表。武蔵野大学工学部サステナビリテイ学科客員教授。著者に「水道民営化で水はどうなるのか」(岩波書店)、「水辺のワンダー~世界を旅して未来を考えた~」(文研出版)、「2040 水の未来予測」(産業編集センター)、「あなたの街の上下水道が危ない」(扶桑社新書)など多数があり、「水と人」をテーマに調査・情報発信を行っています。
人類は古くから、水を引き、貯め、流し、分けることで、社会を築いてきました。しかし一方では、水は争いの元にもなりました。水は本来共有の資源ですが、複数の国を流れる国際河川の上流で、ダムなどを建設すれば、下流国では深刻な事態となり、限界を超えると武力衝突にも至るのです。すでに多くの争いが起きています。
人間の水使用量は、大きく増加しています。1930年代半ばに年間約1000立方kmだった世界の水使用量は、2000年には約4000立方kmに達しました。OECDは、2050年までにさらに55%増加すると予測しています。水不足が逼迫してきました。
ところがまた新たな水問題が発生したのです。デジタル社会の水利用の急増でした。これまで水を多く使う産業は、化学工業や製紙業などでしたが、今後はテクノロジー産業が、水需要の主役となることでしょう。AI、データセンター、半導体などの先端技術は、大量の水を必要とします。とくにデータセンターの冷却水は膨大で、地元民との間に緊張をもたらしました。グーグルはダレスに建設しましたが、法廷闘争となり、和解で公表した2022年の水使用量は、146万立法メートルで、市全体の使用量の29%にも達していました。チリの建設計画は、水不足で中止となっています。水は冷却だけでなく、データセンターが消費する電力にも、多量な水が必要なのです。
半導体工場も、純水を含めて莫大な水を使用します。世界の工場の大半を占める台湾は、慢性的な水不足と、地政学的リスクの震源地でもあり、大手のTSMCは2021年、水の豊かな熊本に進出しました。日本のラピダスは、北海道千歳市に建設中です。しかし、確かに日本の年間平均降水量は、世界平均の約2倍ですが、急峻な地形で多くは海に流れ、一人当たりの水資源賦存量は、世界平均の約半分に過ぎません。
また、地下水についても、その重要性や脆弱性に対する社会的共通認識が欠けています。「水循環基本法」はありますが、理念だけで、現場とは大きな乖離があるのです。
水資源を巡っては、国際的な機関投資家までが動き出しています。水の利用や管理の技術で、IOTによる水質や水量のリアルタイム監視システムなどにも、投資が盛んに行われています。水の先物市場まで現れました。そこで、「誰が水にアクセスし、誰が水を操るのか」が見え難くなってきました。かっては、水の管理は国家主権の象徴でしたが、近年では、テクノロジーと資本の力の領域に移行しつつあるのです。「了」

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