「先生、シロアリが空に向かってトンネルを作っています!」 2025年10月25日 吉澤有介

—鳥取環境大学の森の人間動物行動学– 小林朋道著、築地書館、2024年1月刊

著者は1958年岡山県に生まれ、岡山大学理学部生物学科卒、京都大学理学部で博士。高校教師を経て鳥取環境大学講師、教授(2024年から学長)。専門は動物行動学、進化心理学。著書は「進化教育学」など多数、「先生!シリーズ」は、20巻を超え、「先生、ヤギとイルカは親戚なのですか!」(築地書館)はすでに紹介しました。
ヒトの健康な精神の成長とその維持には、野生動物との触れ合いが必要と説く、著者の語り口は軽快です。直感と想像力による研究手法は、実にユニークでした。
まず最近の研究では、ニホンモモンガとシマフクロウの出会いを取り上げました。ニホンモモンガ(以下モモンガ)は、本州以南に生息しています。その強力な捕食者はフクロウで、日本全体を含めたユーラシア大陸に広く分布しています。一方、シマフクロウは北海道だけに生息しているので、モモンガは出会ったことがありません。さてモモンガは、どちらを怖がるでしょうか。T字型通路の中央に生まれたばかりのモモンガを置き、左端からフクロウの鳴き声を流し、右端からシマフクロウの鳴き声を同時に流しました。結果は例外なく、仔モモンガはシマフクロウの側に逃げました。天敵にセットされたフクロウと、未知のシマフクロウの声を聴き分けたのです。
岡山大学時代の研究では、シマリスが、自分の捕食者であるヘビの分泌物の匂いを、自分の体に塗りつけることで、ヘビから襲われ難くなることを発見しました。世界初の発見です。学会発表が好評を得たことで世界の権威に直接持ち込むと、厳しい国際専門誌に日本人として初めて掲載されました。動物行動学者のスタートでした。
著者は、「地球は人類生命維持装置」といいます。宇宙船が、宇宙飛行士の生命維持装置を内蔵しているのと同じで、装置を構成する部品が多いほど機能が安定します。装置が生態系、部品が生物の種で、種の数が多いのが生物多様性なのです。この生態系を自分の目で確認すために、著者は「ミニ地球」を製作しました。百均でプラスチックの透明ボールを二つ買い、突き合わせて透明な地球としました。その中に学内の森の腐葉土を入れて、シンボルツリーとしてアラカシ、サポートツリーにヤブコウジの幼木を植え、木片や枯れ葉とコケを乗せ、最後にダンゴムシを一匹入れると、生産者、消費者、分解者が揃った、目に見えるミニ地球の生態系の出来上がりです。
「ミニ地球」を、学生たちとワークショップでいくつも作っているうちに、一週間ほど過ぎたあるミニ地球の南半球の地殻の中に、白い小さな生き物が動いていました。日本固有の在来種であるヤマトシロアリです。腸内に莫大な数の原生動物がいて、さらに莫大な細菌類も抱えている、最強の分解者でした。木屑を食べて蟻道というトンネルを作っていました。道しるべフェロモンによって、トンネルが伸びてゆき、やがて15センチも立ち上がったのです。毎朝が楽しみになってきました。了

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