益田朋幸著、岩波新書、2025年7月刊 著者は、1960年埼玉県生まれ、早稲田大学第一文学部美術史専攻卒、同大学院文学研究科博士課程修了。現在、早稲田大学文学学術院教授。Ph,D(ギリシャ国立テサロニキ大学)。著書に、「ピザンテイン美術への旅」(平凡社)、「地中海紀行 ピザンテインでいこう」(東京書籍)、「描かれた時間」(論創社)ほか多数があります。
モザイクと言えば、誰もがすぐにデジタルの画像処理を思い浮かべることでしょう。社会秩序のため、あるいは人権のために、方形の画素で画像を隠すやり方です。
しかし、モザイクのもとの意味は違っていました。モザイクとは本来、均一な色彩を持つ小石やガラスのピースを並べて、イメージを構成する絵画技法のことで、古代から中世にかけて、地中海沿岸地方で広く行われていました。硬質の素材で永続的なイメージを作り上げるのが、光の芸術ともいわれるモザイクの本質だったのです。
ヨーロッパの中世には、ステンドグラスがありました。窓に、鉛を輪郭線として色ガラスをはめ込む技法で、図柄を外の光によって鮮やかに浮かび上がらせる、「透過光」の芸術です。それに対してモザイクは「反射光」の芸術でした。特に青色と金色が美しく輝きます。ピースの面が一様でないので、様々な光を見せてくれました。聖堂の天井や床で、特別の視覚効果を挙げたのです。しかし作者の名前は、殆ど残っていません。彼らはただ、無名のまま技術の限りを尽くして作品を仕上げていました。
これらの作品は、各地の聖堂や王宮などの遺跡の装飾として、現場に張り付いています。著者ははるばる旅をして、それらの現場を訪ね歩きました。地中海のある孤島では、チームで6世紀の遺跡を発掘しました。標高100mの山の頂上にある聖堂で、屋根は崩れていましたが、壁と床が残っています。1か月かけて測量をしながら慎重に土砂を除いてゆくと、見事な床モザイクが現れ、ヤギやクマの生き生きとした様子が、鮮やかに描かれていました。この状況はNHKテレビでも放映されました。
モザイクは、テッセラと呼ぶ様々な色の、小さな方形の石やガラスを並べて作りました。それらは世界中から集めたもので、古代ローマ人が発明したといいます。ポンペイの遺跡からは、床モザイクでローマ貴族の生活を読み取ることができます。
中世のキリスト教美術では、青と金は等価値の色彩で、背景になる最高の青はラピスラズリでした。床モザイクの図像は、古代ローマ美術がキリスト教美術に移行してゆく様子を教えてくれます。313年にコンスタンテイヌス大帝によって、キリスト教が公認されると、各地に続々と聖堂が建てられました。しかし装飾を任されたモザイク職人たちは困惑します。手本が全くないので、古代の図柄に葡萄の蔓を描き、殉教者や天使、聖母にキリスト像を加えました。帝国が東西に分裂し、476年、東がピザンテイン帝国になると、モザイクは様式を大きく変容させます。6世紀に最盛期を迎えましたが、ルネッサンスでは絵画に押され、ついに美術史から消えてゆきました。「了」
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