「毒々生物の奇妙な進化」    2024年11月⒓日 吉澤有介

クリステイー・ウイルコックス著、垂水雄二訳、文春文庫、2020年3月刊 著者は、ハワイ大学で学位取得した生物学者。専門は細胞分子生物学で、サイエンス・ライターとしてニューヨーク・タイムズや、ワシントン・ポストに寄稿しています。幼少期に浜で、デンキクラゲに触れて毒々生物に出会い、そのまま毒液研究者になりました。
動物の毒液の研究者は、その毒性分泌物の分子的複雑さに魅了されてきました。当然多くのリスクが伴います。ある研究者は、26種類の毒ヘビに咬まれました。それでも研究中毒はますます高まって生物資源探索を続け、人に危害を加える毒液を、治療に役立つ化合物に変えようとしています。毒液動物は、基本的進化の過程を教えてくれる存在でした。
カモノハシは、変わった動物です。卵生で、ビーバーのような尾、アヒルのような嘴、カワウソのような脚がありますが、さらに際立った特徴がありました。それは、現在確認されている5416種の哺乳類のなかで、唯一この種のオスだけが、後脚の蹴爪に毒針を持っていました。恐ろしい毒液動物なのです。刺されると、数日間も耐え難い痛みに襲われます。その毒液は、他のすべての毒液動物を含めた、83種の毒素遺伝子を持っていました。収斂進化の好例で、その遺伝子は、鎮痛剤のヒントとして研究されています。
ある女性生化学者は、海でハコクラゲに刺されて、猛烈な痛みで失神し、ようやく一命をとりとめて、この毒クラゲの研究者になりました。ハコクラゲは、刺胞動物門のなかでも一番殺傷能力があります。その成分のポリンは、赤血球に孔をあけて破裂させる、「地球上で最も致死的な毒」でした。「致死度」はLD50(半数が死ぬ用量)の数値で計ります。
ヘビも、トップクラスの人殺し生物で、毎年何万人もの人間が殺されています。毒ヘビと人間による殺人と処刑には、古くからの長い歴史がありました。エジプトの女王クレオパトラは、コブラに自分の腕を咬ませて、自殺したといわれています。
ヘビは、人類に大きな進化的影響を与えていたという説があります。霊長類が鋭い視覚を持つようになった主因は、ヘビに襲われる恐怖からでした。ヘビを怖がる人は、誰よりも早くヘビを見つけます。毒液動物が、ヒトの脳の進化を推進したことは明らかでした。
一方、毒ヘビを食べる哺乳類は48種もいます。ミツアナグマ、マングース、オポッサム、ハリネズミなどが有名です。彼らは、ヘビの毒性に対して驚くほど強い免疫を持っていました。これは、他の有毒な生物を食べる種にも見られることです。毒液に対する哺乳類
免疫についての研究は、まだあまり進んでいません。ヒトは毒に対抗するために、アレルギー反応を獲得したという研究もあり、「抗毒素科学」が注目されています。
また、昆虫による毒液も強烈です。アマゾンの旅行者にとって、サシハリアリは災いのもとでした。刺されると、シュミットの疼痛指数4段階」の4にあたる、この世でもっとも痛い激痛になります。ブラジルの原住民の、男の通過儀礼にもなっていました。
毒液の効用は、ミツバチに刺されて難病が完治した例や、糖尿病、アルツハイマー病、ガンなどでも確認されています。生物の毒は、まさに新薬開発の宝の山なのです。「了」

カテゴリー: サロンの話題 タグ: , , , パーマリンク