「アリの巣をめぐる冒険」—昆虫分類学の果てしなき世界–2024年6月30日 吉澤有介-

丸山宗利著、幻冬舎新書、2024年4月刊   著者は、1974年東京都生まれの昆虫学者。北海道大学大学院農学研究科で博士(農学)。国立科学博物館、フィールド自然史博物館(シカゴ)研究員を経て、現在は九州大学総合研究博物館准教授です。専門はアリやシロアリと共生する昆虫の分類学。著書は、「昆虫はすごい」(光文社新書)など多数あり、「昆虫学者、奇跡の図鑑を作る」(幻冬舎新書)は、すでに要約してご紹介しました。昆虫について積極的に情報発信しています。
本書の原著は、東海大学出版会「フィールドの生物学」シリーズの「未踏の調査地は地下に」(2012)で、分類学という基礎研究の若手研究者の記録として注目されました。 著者は3歳の夏、近所の空き地でコカマキリを見つけて衝撃を受け、それ以来図鑑の虜になって、そのまま生物研究者の道に進みました。修士1年の6月、札幌の円山でクロクサアリ(体長4mm)の巣の前に腹ばいになって、その近くにいるハネカクシ(2,5mm)の行動を観察していました。数年前のヨーロッパの文献に、ハネカクシがアリの運ぶエサに乗って盗み食いしているとあったからです。観察を始めて3日目、長い行列のアリが昆虫の死骸のかけらを運んでいたら、ヒメヒラタアリヤドリというハネカクシが、そのかけらに飛び乗り、それを齧っていました。日本でも同じ行動をしていたのです。そればかりか、巣の入口で偶然に小さなコガネムシの一種であるエンマムシ(体長8mm)が、待ち伏せしてアリを食べているのを見つけました。これは聞いたことがありません。研究室の専門家の大原さんに報告すると、その行動も初めてで、エンマムシも新種とわかりました。
アリクイエンマムシと命名し、学名に自分の名入りで発表する幸運に恵まれたのです。
ここで著者のテーマが決まりました。ある生き物がアリと共生あるいは依存することを、好蟻性といいます。ハネカクシやシジミチョウ、アリヅカコオロギなどがいて、アリに甘い蜜を与えて、代わりに外敵から保護してもらうもの、アリの巣に入りこみ、アリから口移しにエサをもらったり、アリの幼虫や弱ったアリを食べてしまうのもいます。こうして著者の好蟻性昆虫の分類学がスタートしました。しかし、世界では古くからこの分野の研究が行われていました。今のようなインターネットはない時代の、文献調査に標準標本の確認は大仕事で、スロバキアで現地調査するなど、学位論文への道筋は厳しいものでしたが、ようやく約50種を扱った300ページの論文を、出版することができました。
学振特別研究員として、調査に5回訪れたマレー半島は好蟻性昆虫の宝庫でした。多くの協力者との交流もあり、新属発見の連続で、著者はこの分野での先駆者になりました。しかし、その野外調査は凄まじいものでした。アリには刺され、毒ヘビ、サソリ、マダニ、ヒルなどに、トゲのある植物も難敵でした。一番恐ろしいのは蚊です。マラリアやデング熱は、ごく当たり前の世界でした。それでもそんな痛みもすぐに忘れるほど、楽しみの方が大きかったのです。図版で見る昆虫たちの、奇妙な姿は驚くべきものでした。
先輩たちに恵まれた著者は、後進の育成にも大きく貢献しています。小学4年で大発見した学生や、高校生で研究室に遊びにきていた研究者などを楽しく語っていました。「了

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