「森の声、ゴリラの目」—人類の本質を未来へつなぐ—2024年4月27日 吉澤有介

山際寿一著、小学館新書、2024年2月刊、   著者は、1952年東京生まれ、京都大学理学部卒、同大学院理学研究科で理学博士。専攻は人類学、霊長類学。日本モンキーセンターを経て京都大学大学院理学研究科助教授、教授。第26代京都大学総長。現在は総合地球環境学研究所所長です。著書は「ゴリラ」、「家族の起源・父性の登場」、「家族進化論」(いずれも東京大学出版会)などがあります。
著者は40年あまりも、アフリカの熱帯雨林でゴリラの調査に没頭してきたので、人間や現代社会をゴリラの目で眺める習慣がついてしまいました。ときにはゴリラの気分になって胸を叩きたくなったり、人々と違うところに、目が留まったりするのです。
21世紀に入ってからの私たちは、大きな閉塞感に悩まされています。気候変動による災害や、地震や火山噴火などが続き、食糧危機などで政治は不安定になって、世界各地で残酷なテロや内戦が激化し、国家間の紛争が拡大しました。さらに2020年からは、新型コロナウィルスのパンデミックが起こり、人々の動きは封じられて、息苦しい生活を強いられました。情報社会でも、フェイクに敵意や憎悪が渦巻いています。なぜこんなことになったのでしょうか。人間がどこで間違えたのか、著者はゴリラの目で探っています。
ゴリラの棲む熱帯雨林は、地球の陸上でもっとも生物多様性の高い場所です。高温・多湿で、豊富な太陽光と水によって生物に必要なエネルギーがあり、多様な生物が絶えずバランス良く暮らしています。かっては人間もその自然の一部でした。やがて人間が地球環境を破壊し、その報いを受けている原因は、土地や自然を人間だけが利用するものに作り変えたことにあります。熱帯雨林の知性に立ち返ることを目指さなければなりません。
人間の社会は、動く自由、集まる自由、語る自由の三つでできていました。コロナ禍でそれが浮き彫りになったのです。チンパンジーとの共通祖先から分かれてから、人類は700万年間も狩猟採集生活を送ってきました。農耕や牧畜という食糧生産活動が始まったのはつい最近、人類の進化史でみれば、1%にもなりません。現代に生きる私たちの身体には、狩猟採集時代の特徴が色濃く残っているのです。それはゴリラとも共通な本性で、彼らの生活で徹底しているのは、移動しながらすべてを分配し、共有することでした。所有より使うことに価値があることは。現代にも通じます。人類は熱帯雨林では弱者でした。胃腸の弱さと繁殖力の低さを補うために腦を発達させ、二足歩行に移りました。安全な場所での子育てのために、草原を歩きまわって食物を持ち帰り、助け合ったのです。
それがなぜ現代文明の暴力を招いたのでしょうか。ゴリラは、キングコングなどの虚像で暴力動物と誤解され、欧米の狩猟者たちに狙われました。野生動物は攻撃的だ。人間の暴力も戦争も本性だと信じこんでしまったのです。定住と農耕・牧畜は略奪に直結しました。しかし、ゴリラも人間も平和な動物で、最初の音楽はパーカッションでした。仲間と体を共鳴させ、共感力を高めたのです。異種の仲間にも利他的行動を示していました。
西田や和辻、今西などの思想家が唱えた日本人の自然観は、森の感性を捉えていました。文明転換の道は、文化の変革にしかありません。ゴリラの目は貴重でした。「了」

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