「美食地質学入門」—和食と日本列島の素敵な関係— 2023年5月25日 吉澤有介

巽 好幸著、光文社新書、2022年11月刊 著者は、1954年大阪府の生まれです。東京大学大学院理学系研究科博士課程を経て、京都大学総合人間学部教授、東京大学海洋研究所教授、神戸大学海洋底探査センター教授などを歴任しました。地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で研究しています。多くの賞を受賞し、著書に「地球の中心で何が起こっているのか」(幻冬舎新書)、「地震と噴火は必ず起こる」(新潮選書)、「和食はなぜ美味しい」(岩波書店)などがあります。
「マグマ学」を専攻する著者は、同時に無類の美食家でした。日本の美味しい和食は、日本列島の変動と密接な関係があることから、ここで「美食地質学」を提唱しています。
今から約2500万年前、アジア大陸の東の縁に大事件が勃発しました。大地が裂けて地盤の一部が太平洋へと動き出したのです。日本列島が誕生し、その隙間に日本海が生まれました。この現象を最初に唱えたのは寺田寅彦でした。1927年のことです。しかしあまりにも斬新な説で、学会は認めませんでした。それがプレートテクトニクスの登場で、再び注目されたのです。太平洋プレートと、フィリッピン海プレートが、ともに日本列島の下に潜り込むようになりました。火山が密集し、複雑な山地が生まれます。ところが約300万年前に、フィリッピン海プレートが太平洋プレートに押され、突然45度西に方向を変えました。そのために日本列島は、世界一の変動体になったのです。琵琶湖や瀬戸内海が誕生しました。
その変動体は京都の水を超軟水にして、和食を支える「出汁」が生まれました。昆布のグルタミン酸を効果的に抽出できたからです。柔らかい京豆腐も、煮絞りで格別な味になりました。醤油は、湯浅の鉄分の少ない水質で開花して全国に伝わりました。また標高の高い冷涼な火山性土壌は、ソバの生育に向いています。北アルプスでは、地球上で最も若い花崗岩が隆起していました。爺々岳の火山活動による断層からの湧水で、ワサビを育てています。関東ローム層は、リンが少なく不毛でしたが、一部肥沃な土地もあり、小松菜やネギの産地として、江戸を支えました。その水は中硬水で、濃厚でキレの良い濃口醤油が生まれました。
一方フィリッピン海プレートの大方向転換は讃岐山脈を隆起させ、中央構造線を押し曲げました。そこで生まれた讃岐平野は、乾燥してコムギの産地になり、塩田と合わせてうどん文化が生まれました。うどんの表面で糊化したグルテンと、芯のグルテンの絶妙のコシが魅力です。また大変動で形成した瀬戸内海の明石のタイは、高速潮流で運ばれた花崗岩の砂地に集まるエビやカニを食べ、その潮流で揉まれて独特の妙味になりました。トラフグも潮流の速い砂地で産卵します。歯ごたえのある食感と、濃厚な旨味のもとは豊富なATPにありました。サワラやハモも砂地を好みます。瀬戸内海の味覚は大変動のお陰でした。
著者は、さらに東京湾の江戸前の魚たち、三陸の漁場、山梨のワイン、琵琶湖のコアユに次いで、日本海のズワイガニを取り上げています。日本海は、海底の地殻の大半が大陸型で、寺田説を裏付けています。深海には冷水域が残り、カニやエビの名産地になりました。水深の深い富山湾の寒ブリやホタルイカも大地分裂の産物で、能登半島は今も隆起を続けています。和食文化のもとは、花崗岩を骨格としたマントルの活性化によるものでした。「了」

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