鱗翅目とその虜になった人びとの知られざる物語
青土社2021年5月刊
著者は、アメリカ、マサチューセッツ州ケープロッドに住むジャーナリスト、著作家で、自然や旅行について多くの記事や著書を発表してきました。本書の第1部(過去)では、数千万年にわたる蝶と顕花植物との共進化や生態学の始まりを、第2部(現在)では、開発や気候変動などに対応しようとしている蝶の姿、第3部(未来)では、蝶たちを次の世代に受け継ぐために奮闘している人びとの姿を描き、さまざまなトピックスを紹介しています。
著者は20才のとき、ロンドンでターナーの絵に出会って圧倒されました。その後40年を経て、イエール大学の鱗翅目の膨大なコレクションに触れ、さらに大きな衝撃を受けました。蝶こそが世界の最初の芸術家ではないか。著者はそのまま蝶依存症にかかってしまったのです。蝶の秘密を知ることで、進化の仕組みをより深く理解できるようになりました。
ダーウィンは、友人から贈られたマダガスカルの蘭の花の奇妙な形に驚きました。花の基部から垂れ下がる器官の長さが30㎝もあったのです。その底にある蜜を誰が吸えるのか。花がおびき寄せたい相手は、特定の昆虫に違いない。単なる進化ではなく、共進化と見抜いて著書に記しました。その正体がスズメガの一種とわかったのは彼の死後のことで、1990年代にようやく30㎝の吻を伸ばして毛細管で蜜を吸う姿が、詳細に観察されたのです。
植物と動物の関係についての生態学に、最初に取り組んだのは17世紀のマリア・シビラ・メーリアンという少女でした。13才のときイモムシに恋をしたのです。その美しさに惹かれ、彼らが卵から孵ると、特定の植物を食べ、何度か脱皮して成長し、サナギになるまでを観察し、それが決まった種の蝶になることを発見しました。そのすべてを精密な絵に描いたのです。彼女の画期的な研究は、科学の世界を一変させました。しかし当時は、生き物は自然発生して、神によって順位づけられ、イモムシは最下等の悪魔の虫でした。地動説を唱えたブルーノは火あぶりになり、魔女裁判が横行していた極めて危険な時代だったのです。
たまたまメーリアンの家はフランクフルトで印刷・出版業を営んでいました。彼女は花の販売広告のカタログを描く手伝いをしていたのです。チューリップバブルの時代でしたから、花の販売は巨大ビジネスでした。その中で彼女はすでに鱗翅目の生活環境についての世界一の専門家になっていました。著書「イモムシのすばらしき変態と奇妙な食草」を、1679年に自家出版し、大成功を収めました。その水彩画は精緻を極め、完全かつ正確で、今日でも高く評価されています。彼女は様々な生き物の生態を図示しました。52才には南米に渡って厳しい現地調査を行い、「スリナムの昆虫における変態」を刊行して、ヨーロッパを驚かせました。ダーウィンも彼女の著書に大きく影響されたのです。(本書の口絵に原画)
著者はなお、北米のオオカバマダラの渡りについての、さまざまな研究を紹介しています。みずからもメキシコの山中でその大軍に遭遇して、色とりどりのステンドガラスが頭上を舞う、奇跡のような深い感動に包まれました。そんな世界もいま急速に失われつつあります。でもまだ遅くはありません。みんなで力を合わせ、バタフライ効果を呼び起こすのです。了