「ウィルスは生きている」中屋敷均著 2020年3月20日吉澤有介

講談社現代新書 2016年3月刊

著者は植物生理学者です。京都大学農学部農林生物学科卒の農学博士。現在は神戸大学大学院教授で、植物や糸状菌などのウィルスや、トランスポゾンを研究しています。

1918年11月、第一次世界大戦が終わりました。人類が初めて体験した世界大戦で、4年間で犠牲となった死者は、戦闘員、非戦闘員あわせて1500万人にも上りました。ところがその同じ時期に、もう一つの未曽有の脅威が、人類を襲っていました。世界的に流行した「スペインカゼ」です。各国は大戦中だったために、この情報を秘匿しましたが、中立国スペインだけが、大きく報道してこの名前がついたのです。当時の世界人口18憶のうち、約3割が感染し、死者の総数は1億人ともいわれています。人類が経験した最悪のパンデミックでした。しかし、当時はまだ、原因が細菌なのかウィルスなのかさえわかりませんでした。

アイオワ州立大学の医学生だったJ・フルテインは、それをインフルエンザウィルスとみて、アラスカの凍土に埋葬された遺体からサンプルを取りましたが、生きたウィルスは見つかりません。研究を断念して医師になりましたが、1997年に、米国陸軍病理研究所が「スペインカゼ」ウィルスの遺伝子解析を行って、失敗したことを知ります。フルテインはすでに72才になっていましたが、自身の経験を思い出し、自費で再度のアラスカの墓地調査に赴き、検体を取って提供して、ようやくウィルスの遺伝子の全容が解明されたのです。

それは、H1N1型のA型インフルエンザウィルスでした。しかもその後の解析で、トリからヒトに感染した最初のウィルスとわかりました。人類の新しい敵の出現だったのです。

ウィルスの正体は次第に明らかになってきました。ウィルスは、純化するとただのたんぱく質と核酸という分子になって結晶化する物質となり、生きた宿主の細胞に入ると、生命体のように増殖し、進化してゆきます。生命と物質の境界がわからなくなったのです。

ウィルスは実に多様です。基本構造としては、細胞構造を持たず、タンパク質をつくるリポゾームも持たないのに、遺伝情報の核酸を持っています。その核酸のDNAやRNAが一本鎖だったり二本鎖だったりするのです。多くはタンパク質でできたキャプシドで包まれていますが、このキャプシドさえ持たず、感染しても病気にはならないものもいました。

イエローストーンの65℃の熱水に育つ植物パニックグラスには、エンドファイトと呼ばれる菌が共生していますが、そこにウイルスが感染したために、驚異的な耐熱性が発揮されていることが、2007年の「サイエンス」で明らかになりました。CThTVと命名された二本鎖RNAウィルスで、これを取り除くと植物は即座に全滅したのです。驚くべき底力でした。

また海洋には膨大な数のウィルスがいます。重量にするとシロナガスクジラ7500万頭分にも相当し、それが宿主に侵入して生物の遺伝子を攪拌し、種の間を水平移動するのです。生命進化の、単一の祖先から枝を伸ばす「生命の樹」も、実は網構造になっていました。

生命は物質から進化したので、物質と生命は連続しています。よくウィルスは代謝をしないので生物ではないといいますが、初期の生物では、厳しい外部環境下での化学反応が代謝そのものでした。自己の存在を維持できるウィルスは、生物とも連続しているのです。「了」

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