寝ても覚めても「アザラシ救助隊」 2025年⒓月10日 吉澤有介

岡崎雅子著、実業之日本社、2022年6月刊  著者は、1986年神奈川県生まれ、日本大学生物資源学部獣医学科卒、幼少期から縫いぐるみの白アザラシに親しみ、アザラシグッズを集めて夢中になっていました。そのアザラシ熱が高じて獣医となり、北海道紋別市にある、日本唯一のアザラシ専門の保護施設「オホーツクとっかりセンター」で、念願の飼育員になりました。10年間に出会ったアザラシは65頭以上、彼らに囲まれて飼育、展示、保護活動をしています。
中学時代から著者は、水族館の獣医を目指しましたが、その道のりは容易ではありませんでした。先生の勧めで家から近い総合大学の付属高校を選び、獣医学科に進むと、早々に学芸員過程を受講しましたが、授業はイヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、ニワトリばかり、解剖学でようやくアザラシの骨格に出会いました。幸いに大学の近くに水族館があったので、もっぱらこちらに通ってアザラシを観察し、初めて「とっかりセンター」の存在を知りました。「とっかり」とはアイヌ語でアザラシのことです。大学3年生のとき見学に訪れて、可愛いいアザラシたちにあらためて感動しました。
ここでインターン実習も重ねて国家試験に臨み、オランダのアザラシ保護活動も視察しましたが、「とっかりセンター」からの募集がありません。仕方なく九州の動物病院に就職して、イヌ、ネコを診療しながら、欠員補充の知らせを待ち、ようやく思いがかなったのは2012年4月、「とっかりセンター飼育員」としてのスタートでした。
このセンターには、30年近い歴史がありました。民家の庭先の小さなプールで、2頭のゴマフアザラシを飼育したのが始まりで、その後、アザラシの保護活動の拠点になりました。漁網に迷いこんでケガした個体や、衰弱した幼いアザラシの治療や保護をして、野生に戻してあげるのです。保護要請があれば、直ちに救助に向かいます。
ゴム手袋でアザラシの両脇を抱えて、まず性別を確認し、体重を量り、馬乗りになって聴診します。肛門で体温を計り、体長などを計測します。暴れると保定して、採血するなど一連の作業をして、スノコの上に寝かせます。ここ10年間の保護アザラシの生存率は70%でした。落ち着いたところで、ミルクや魚を給餌して飼育するのです。
元気になって水中飼育が始まると、生餌捕食のトレーニングを行い、漁網が上がる⒓月にリリースし、姿が見えなくなるまで見送ります。衛星発信機を装着し、5日でサハリンに行き、回遊することを確認しました。その他の海洋情報も観測しています。
北海道周辺には5種類のアザラシがいます。一番多いゴマフアザラシは、体長170㎝、体重120㎏もあります。寿命は30年ほどですが、アタマが良く、人に慣れるので人気があり、流氷の上で出産し、白い幼獣がなんとも可愛いい。ワモンアザラシは最も小さくて、動く縫いぐるみです。クラカケアザラシは抱き枕にしたい。アゴヒゲアザラシは大型でよく鳴きます。のんびり屋のゼニガタアザラシは一夫多妻と、それぞれが個性豊かで、著者にとっては仕事の良い仲間で、まるで家族のようでした。「了」

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