「タネまく動物」—体長150センチのクマから1センチのワラジムシまで— 2025年10月7日 吉澤有介

小池伸介・北村俊平編著、きのしたちひろイラスト、文一総合出版、2024年9月刊
著者の小池さんは、東京農工大学大学院教授。博士(農学)。専門は生態学、森林生態系での生物間相互作用で、ツキノワグマの生物学を研究しています。北村さんは、石川県立大学生物資源環境学部准教授。博士(理学)。専門は植物生態学、植物と動物の相互作用、果実食と種子散布。きのしたさんは、東京大学大学院農学生命研究科で農学博士。ほかにこの分野の先端を行く、16人の専門家が分担執筆しています。
植物にとって、タネは大切な子孫ですが、同時に移動する手段でもあります。多くの植物は、動物の力を借りて、タネをまいており、これを「動物散布」と呼んでいます。動物と植物には、お互いに利用し合ってきた、長い進化の歴史がありました。
ツキノワグマは、日本最大の種子散布者です。タネが動物によって運ばれる距離は、動物が果実を食べてからウンチとして排泄するまで、どれだけの距離を移動したかによって決まります。クマは食べてからウンチするまで、15~20時間です。私たち人間は、24~48時間ですから、クマは意外に短い。これはクマが、もともと肉食で、その後雑食や植物食に進化したためでした。植物食に合うように、臼歯が発達し、木登りが得意になりましたが、消化器官は肉食仕様のままなのです。クマは、だらだら食べ歩いて、20㎞以上もタネを運んでいました。主食はドングリですが、野生のサクラが1本で約5万粒の実をつけるうちの、約7千粒を食べた記録があります。大きな体を保つために大量に食べ、広範囲にウンチを落としてタネを運んでいるのです。
ニホンザルは、中距離散布者です。タネが運ばれる距離は、平均で500m、最長で1,3㎞でした。タヌキは、同じ場所にウンチする習性があります。ため糞と呼びますが、約200mの距離に、多くのタネがまかれます。都会では、イチョウの実の主な散布者でした。森に暮らすネズミは、果肉には見向きもしないで、その中のタネを食べるので種子捕食者です。しかしネズミは、食べ物が少ない冬に向けて、ドングリなどを距離約10mの巣穴に運び、貯えます。それが余ったり、場所を忘れることもあって、種子散布者にもなるのです。そのドングリも、ゾウムシなどに食われていると、賢く見分けて運びません。ネズミの数は、年や季節によって大きく変化しますが、1haあたり100頭もいてドングリを運び、広葉樹林を育てることに貢献しています。
哺乳類に付着することで種子散布する「付着散布」では、タネに特別な仕掛けがありました。かなりの長旅をします。長旅といえば鳥類です。海鳥は絶海の孤島にタネを運んでいます。留鳥のヒヨドリは、食べる果実の種類が一番多く、210種のタネを運んでいました。メジロも何でも食べて、ヒヨドリに劣らぬ種子散布をしています。
アリも、「アリ散布」として大きな役割を果たしています。植物も、アリに好物エライオソームを提供しているのです。昆虫たちも、多くのタネを運んでいました。「了」

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