「氷河が融けゆく国・アイスランドの物語」   2025年10月10日 吉澤有介

アンドリ・スナイル・マグナソン著、朱位昌併訳、青土社2025年8月刊
著者は1973年レイキャヴィーク生まれ、アイスランド大学人文学部卒、児童文学作家、自然保護活動家。著書は「青い惑星のはなし」(学研)でアイスランド文学賞。「ラブスター博士の最後の発見」(創元社文庫)、「よみがえれ!夢の国アイスランド」,「タイムボックス」(ともにNHK出版)で、各種文学賞を受賞しています。
アイスランドの首都レイキャヴィークのメーンストリートに、白い木造家屋があります。1986年、ここでレーガンとゴルバチョフが会合し、共産主義と鉄のカーテンが崩落しました。ありえないことが起こったのです。私たちの周りの自然環境をみても、地球は、従来の地質学的速度ではなく、今や人間の尺度で変化して、以前は10万年単位で起きていた変化が、まだ家族の記憶に残る100年のうちに起きていました。しかし地球規模の「気候変動」などは、問題があまりにも大きくて、大方の人々には、腦が知覚することもできず、ホワイト・ノイズのようにしか聞こえません。
ところが著者には身近な話題がありました。最愛の祖父母が、若いころに山の愛好家の集まりで出会い、新婚すぐの1955年5月に、一緒に氷河調査隊に参加していたのです。その記録写真には、「夢の谷の天国」と呼んだ美しい氷河の姿がありました。祖父母の記憶も鮮明です。当時のアイスランドは、詩人のヘルギが中央高地に滞在して、霊性に満ちて青く染まった山々を称え、「あなたは打ち震えて歌う。一本の絃として、神の静寂な無辺へと流れ込み、そして一体となる。」と記した夢の国でした。
戦争は世界を変え、多くの産業を生み出しました。とくにアルミ産業の伸びは凄まじく、水力発電のためアイスランド政府はダムの建設を進め、多くの美しい谷を水底に沈めました。豊かさの絶頂にありながら、なおも必要量の三倍も発電したのです。
さらに深刻なのは、「気候変動」による「氷河の融解」でした。今や気温の上昇は、巨大な氷河の末端を、毎年数百メートルの速さで後退させています。150年後には殆ど消滅することでしょう。著者は2012年7月、祖父母のルートを辿り、幕営しながら氷河を縦断しましたが、悪天候にテントは濡れて、深い穴から水音が響いてきました。氷河の両側には、数年前の氷の跡を示す筋があり、環境変化を刻んでいました。
ヒマラヤ山地には四万六千もの氷河がありますが、総面積ではアイスランドの氷河の四倍ほどで、体積はほぼ同じです。アイスランドの氷河が全部解けると、海面は1cm上昇します。しかしヒマラヤの氷河が融けたら、下流の何十億の人間や生物の生活を奪います。今世紀中に海面は1m上昇するといいます。影響は計り知れません。
2020年、アイスランドで火山が噴火し、6日間ヨーロッパの航空交通を止めましたが、その噴火による二酸化炭素の排出量は、すべての航空交通を止めたことで、逆に30万トン削減しました。これも自然のバランスでしょう。著者は語り部でした。了

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