「ローマ教皇」—伝統と革新のダイナミズム— 2025年10月15日 吉澤有介

山本芳久著、文春新書、2025年8月刊  著者は1973年、神奈川県生まれ、東京大学大学院人文社会系研究科で博士(文学)。千葉大学文学部准教授、アメリカ・カトリック大学客員研究員などを経て、東京大学大学院総合文化研究科教授です。専門は哲学・倫理学(西洋中世哲学・イスラーム哲学)、キリスト教学です。主な著書に「トマス・アクイナス 肯定の哲学」(慶應義塾大学出版会)、「トマス・アクイナス 理性と神秘」(岩波新書)でサントリー学芸賞、「三大一神教のつながりをよむ」(NHK 出版)ほか多数があります。
ローマ教皇とは、どのような存在でしょうか。日本ではカトリック教信者は、40万人ほどで、教皇に関心を持つ人は、ごく限られています。著者自身も、カトリック系の中高一貫校で教育を受けましたが、信仰を持っていたわけではありませんでした。大学で初めて入信し、カトリックを代表する神学者・哲学者のトマス・アクイナスの研究に入ると、現代の「神」を、どのように語るかという問題に直面しました。ここで大きな手がかりになったのが、歴代の教皇の言葉でした。キリストの代理人である教皇の言葉に触れることは、キリスト教を知るためのまたとない入口になるのです。
2025年4月、教皇フランシスコが亡くなり、教皇選挙が行われて、北米生まれのレオ十四世が新教皇に就任しました。これは日本でも大きな話題になりました。
教皇フランシスコは初の南米出身で、よく改革派であったといわれています。旧態依然のヨーロッパ中心の体制を打破して、環境問題や平和の追求、コロナ禍なの課題に積極的に関与しましたが、それはキリスト教の長い伝統に基づいたものでした。
第二次トランプ政権においてヴァンス副大統領は、強硬な移民政策を正当化するために、キリスト教でも「まず家族を愛し、次に隣人を愛し、自国の同朋を愛し、その後が世界の人々」というように優先順位があるといいました。教皇フランシスコは直ちに書簡を送って反論しました。キリストの、難渋している旅人を助けた「善きサマリア人」のたとえ話を引用して、困難の中にある人には例外なく橋を架け、連帯してゆくことがキリスト教の根本精神だとたしなめています。教皇フランシスコは、「教皇」という言葉に「橋を架ける者」という新たな息吹を吹き込みました。異質な他者も含めて、傷つきやすいものへの気遣いと、自然への思いやりを、総合的なエコロジーとして、神と人の間に橋を架けたのです。伝統は時代とともに進化していました。
新教皇は、前教皇フランシスコの精神を継承すると宣言しながら、レオ十四世と名乗りました。かって産業革命に直面して、行き過ぎた資本主義を批判したレオ十三世(教皇在位1878~1903)を、強く意識したことを意味しています。自身が長年ペルーの宣教活動で、貧困問題と深く関わっていたこともあって、弱者に対する社会的連帯を継承するだけでなく、現代の産業革命における人間の尊厳と、人工知能の発展にも取り組む姿勢を示しています。教皇の言葉は、珠玉の指針となることでしょう。「了」

カテゴリー: サロンの話題 タグ: , , パーマリンク