久々に芥川賞の小説を読んでみました。主題である「バリ山行」が、どうしても気になっていたからです。「バリ」とは、「バリエーションルート」のことで、正規の登山道ではなく、独自に探索したルートを行く登山の意味でした。当方、文学とは無縁だったのに、芥川賞の受賞作を書評するとは、まるで無茶な話です。しかし、私も長らく「沢登り」というバリエーションルートの山行に親しんできました。書評とは、大体が作者の思いを借りて自説を述べているので、バリ山行のもと山屋には許されても良いことでしょう。しかし、やってみるとやはりただの感想文になっていました。
あらすじは、主人公の「私」が、転職活動を経て建物を修繕する兵庫県の会社に勤務しています。社内になかなか馴染めなかったので、会社の登山部に入れてもらいました。近くの六甲山などの登山道を、仲間と楽しみながら登る集まりです。そこで山歩きの魅力に目覚めましたが、ある山で、会社の先輩であるM氏に出会います。仕事の腕が良いのに協調性がなく、ただ一人でバリ山行に挑んでいました。「私」は、何となくM氏に関心を持ちます。そのあたりの会社の事情や、飲み会などの情景がリアルに描かれ、人物像も確かです。そして何よりも六甲山の風景が鮮やかでした。
「私」は、仕事上のトラブルを、ベテランのM氏に助けられたこともあって、孤高の道を行くM氏に、淡い想いを募らせてゆきます。M氏がアプリで自分の山行記録を載せていることを見つけて、バリ山行なるものへの興味が湧いてきました。「私」は意を決して、M氏に同行をお願いしました。そこで「私」の自然観が一変したのです。
まず沢に入り、流れに沿って濡れた岩の間を進みます。足元も頭上も前も後ろもすべてが山でした。やがて現れた大滝にとりつくと、「私」の興奮は極まりました。薮を抜けると登山道に出ましたが、この感触は、私も高校山岳部以来、何十回も味わったものでした。山は総合研究所だと言います。地質、植生、生き物、気象、その他森羅万象の自然に囲まれ、自然と一体化するのです。その達成感は、人が手を加えた登山道を歩いていては到底及びません。作者はその醍醐味を良く知っていました。
M氏は下りでも薮に突入します。この先で「私」はさらに思わぬ体験をすることになりましたが、ネタばれになるので、このあたりでやめておきましょう。
実は、ここに重大なカギがありました。一般の登山でもそうですが、大学山岳部では、近代登山の流れを継いで、先人の拓いたルートの難度を競う傾向がありました。いわば正解のある問題を解いてゆく、受験問題のようなものです。「バリ山行」には正解も命の保証もありません。私は高校山岳部で、登山道は下りに使うものと教わりました。登りは引き返せますが、下りは引き返せません。多くの遭難は、下りで起きていました。この小説で「バリ」が流行りそうなので、ここに特記した次第です。「了」
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