「夢を見る技術」—最新腦神経科学が明かす、睡眠中の腦の驚くべき力—2025年8月20日 吉澤有介

ラウール・ジャンデイアル著、橋本篤史訳、光文社2025年2月刊  著者は、世界的に有名な腦神経外科医・神経生物学者で、ロサンゼルスに医療研究施設を持ち、難易度の高いがん手術を行いながら、世界各地で指導をしています。
腦は極めて複雑な存在です。何百億個ものニューロンと、それらをつなぐ何兆もの結びつきでできています。著者はその魅力に引き込まれてきました。なかでも、特に「夢」に強い関心を持っています。なぜ私たちは夢を見るのか。夢はどのように生じるのか。夢は、極めて現実的であって、同時に超現実的な性質を持っています。私たちは夢の創造者でありながら、その中では何もできない登場人物でもあるのです。
脳手術の際に、ペン型の器具で電流を流すと、ある場所では、患者は幼少期の思い出を語り始め、別の場所では、レモンの香がするといいました。悪夢を見る場所もあり、電気刺激を止めると悪夢は消えますが、再度刺激するとまた同じ悪夢を見ます。
夢は、明らかに腦内のニューロンの電気活動から生じているのです。さらに外部からの刺激がなくとも、自発的な電気活動の波が、腦全体に及んでいました。
夢の内容は、時代を超えて世界の人々に共通しています。誰かに襲われる、高いところから落ちる、学校・試験、遅刻、それに性的な夢などです。夢は、現実と非現実の奇妙な混合物で、人間関係の思考実験でもありました。夢は、脅威に対する一種のリハーサルで、将来に適応する、人類の進化の過程で生まれたという説もあります。
私たちには、悪夢も必要なのです。神経生理学的に心の形成に役立っていました。
夢は、創造性を解き放ちます。大脳皮質の前頭前野にあって論理や秩序、理性などを司るエグゼクテイブ・ネットワークを抑え、腦内に散らばった様々な領域を刺激するイマジネーション・ネットワークが活性化するのです。心は自由にさまよい、思いがけない洞察に至ります。腦内のアドレナリンの濃度が低下し、発散的思考が活性化しています。30~60分の昼寝は、創造的な問題解決に有効なことがわかりました。
1975年、神経科学の分野で、ある衝撃的な実験が行われました。夢を見ている人が、それに気づいて外界と交信する、「明晰夢」の存在が実証されたのです。夢の中で、自分が夢を見ていることに気づくための手がかりが、ドリームサインです。被験者が眼球を左、右、左、と動かすことで、レム睡眠中に夢を見ていると知らせてきました。さらに研究者が呼びかけると、被験者はそれに反応したのです。日本の神谷之康は、被験者をfMRIに入れ、腦の代謝活動をリアルタイムで観察して、多くのデータを収集し、AIによって夢との相関関係を見つけました。実は「明晰夢」は、殆どの人が無意識のうちに見ているといいます。歴史的にも、宗教的に霊性を高める修業が行われてきました。不安障害を抱える患者の治療に役立つ可能性もあり、近年、明晰夢研究は大きく進展して、神秘主義ではない真剣な研究テーマになっています。「了」

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