「雨を操る」―森林保護思想の変遷から読み解く気候安定化への道―2025年7月22日吉澤有介

ブレット・M・ベネット、グレゴリー・A・バートン共著  黒沢令子訳、築地書館2025年5月刊  著者は、オーストラリアのウェスタン・シドニー大学の歴史学准教授と教授で、ともに南アフリカのヨハネスブルグ大学の客員教授です。それぞれ森林管理や有機農業に関する著書があります。訳者は、地球環境学博士で、専門は鳥類生態学。
雨が降って欲しいときに、超自然的な力に頼る「雨乞い」という祈りには、長い伝統がありました。しかし一方で、植物が降雨などで気候に影響するという考え方も、遠い古代の人類が農耕や牧畜を始める以前からあり、古代ギリシャの博物学者のテオプラストスは、植物が降雨に影響を与える可能性があると主張しています。これに対して、著名な地理学者だったプトレマイオスは、特定の場所の気候を決定する主な要因は、周辺環境の変化ではなく、地理的な位置であると主張しました。この地理学的思想が、千年後の近世初頭まで、ヨーロッパの学者に影響を与えてきました。
1600年代に科学革命が起きると、気候とは地理的条件に加えて地形や気温、湿度が重要だとして、森林の気候調節説が議論されるようになりました。植民地の拡大で、問題が現実となってきたのです。プロイセンの学者フンボルトは、森林伐採による機構変動を厳しく警告しました。しかし、インドやアメリカ大陸などでの森林伐採は眼に余るものでした。開拓期のアメリカでは、密林を伐採した方が気候を安定させるという説まであったのです。本書では、19世紀までの森林と気候についての議論の歴史を丹念に追っています。これまで歴史家が、殆ど取り上げてこなかった分野でした。
森林の気候調節説には、降雨と気候の安定に必要な水分の循環に樹木が不可欠とする「供給重視」の考え方に対して、環境管理には降水量を増やすよりも、湖沼や河川といったすでに地表に存在する水の保全が重要という「需要重視」の考え方があって、利用できる水の量を増やすために、集水域の植林を制限する動きもありました。
林業政策は、いつの時代でも林業家と公の権限との政治的対立を招いていたのです。
またヨーロッパの植民地主義者は、砂漠の拡大を恐れ、その緑化を夢見て、かって、大森林があったサハラ砂漠に水路を引き入れるという、壮大な提案もありました。しかし、他の地域への反動も懸念されて進展しませんでした。ところが1930年代の初頭、現実に砂漠化の前兆が発生しました。アメリカで世界恐慌と、深刻な干ばつと激しい砂嵐が重なったのです。中西部の雨量は10年間も激減しました。水文学者たちは人工降雨の研究に熱中しましたが、大気中の水分の動きは不明で難題でした。
1970年代の後半、ブラジルの研究者らは熱帯林の伐採が環境に与える影響を初めて明らかにしました。気候モデルが開発され、供給重視の考え方が主流になってきました。しかし、気候変動は深刻で感情的でもあります、自然のバランスを適切に保ってゆくには、科学だけでなく、歴史からも学ぶ姿勢が求められているのです。「了」

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