「なぜヒトだけが老いるのか」 2025年3月3日 吉澤有介

小林武彦著、講談社現代新書、2023年6月刊 著者は、1963年、神奈川県生まれ、九州大学大学院で理学博士。基礎生物学研究所、米国ロシュ分子生物学研究所、米国国立衛生研究所、国立遺伝学研究所を経て東京大学定量生命科学研究所教授。日本遺伝学会会長、生物科学学会連合代表を歴任。
生命の連続性を支えるゲノムの再生機構を解明中。著書は、「寿命はなぜ決まっているか」(岩波ジュニア新書)、「生物はなぜ死ぬのか」(講談社現代新書)など多数。
私たちは偶然生まれてきました。女性だったり男性であったり、人間であることも偶然でした。そして必ず死ぬようにプログラムされています。避けることはできません。死ぬことこそが、生命の連続と、進化の原動力なのです。生まれたのは勝手で利己的でしたが、死ぬときは利他的で、これからの新しい生命のために死ぬのです。
ヒトは大体、老化して細胞の分裂が停止し、本来の機能が次第に衰えて死にます。ところが、ヒト以外の生き物は、一般に老化期間が殆どありません。子孫を遺せば、寿命が来るか食べられるかして、突然に死ぬのです。サケは、生まれた川を遡上して、産卵するとすぐに死にます。長生きのゾウも老化せず、臓器不全になってすぐ死にます。霊長類でも、ゴリラやチンパンジーの老後は、ほとんどありません。クジラの仲間では、シャチとゴンドウクジラだけに老後があります。種が獲得した固有の性質でした。野生の生き物は、基本的に老化しません。ヒトの老化は珍しいのです。
ヒトの場合は、これまで築いた「社会」によって、他の生き物に食われたり、飢えることも少なく、子どもを産める期間が過ぎても、長い老後の期間があります。生物学的には、人生の40%が「老後」なのです。老後がなぜできたのかは、「おばあちゃん仮説」が有名です。ヒトの子育ては、たいへんです。ゴリラなら、新生児は2㎏ぐらいで、ヒトよりも小さくてお産は軽く、生まれてすぐに母ゴリラの体毛を掴んで、一緒に行動します。夜泣きもしません。他の動物に見つかると危険だからです。
しかしヒトの赤ちゃんは、特別に手がかかります。ここで「おばあちゃん」が登場します。子育てのベテランで、若い母親を助けてくれるので、さらに子どもを産みたくなります。つまり長寿の女性がいる集団が、進化的に栄えたのです。男性でも、集団をまとめるスキルは、知識、技術と経験豊富なシニアがいる集団が「選択」され、進化してゆきました。男女ともにsirt 6 という長寿遺伝子が増えていったのです。
社会的な意味での人を形成するのは、「遺伝と環境」です。遺伝は別にしても、「環境」は変えることができます。それが教育なのです。しかし、親による教育は、保護的になりやすく、保守的で平均的方向になります。祖父母や、先輩などの見識あるシニアなら、客観的にその子の個性を発見できるのです。シニアが活躍して、集団が安定し、選択によって寿命が伸びてゆきました。その超高齢シニアは、「利己的」ではなく、健康で幸せな「公共的・利他的な老年的超越」を目指してゆくことなのです。了

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