「時間は存在しない」   2025年2月24日 吉澤有介

カルロ・ロヴエッツリ著、富永 星訳、NHK出版、2024年8月刊   著者は、理論物理学者。1956年イタリア・ヴェローナ生まれ、ポローニア大学卒、パドヴァ大学大学院で博士。イタリアやアメリカの大学勤務を経て、現在はフランスのエクス・マルセイユ大学理論物理学教授。著者の「すごい物理学講義」(河出書房新社)は、ガリレオ文学賞を受賞。「世の中が、がらりと変わって見える物理の本」(同)と、本書は世界的ベストセラーになりました。タイム誌のベスト10にも選ばれています。
動きを止めて、何もしない。ただ時の流れに耳を澄ます。私たちは、時間の中で生きている。これが私たちの感覚ですが、現実は見かけと違う場合がよくあります。時間は普遍的な流れではないのです。時間の正体は、おそらく人類に残された最大の謎でしょう。

現代物理学は、私たちの、ふつうに時間は単純で、基本的なもので、ほかのあらゆるものとは無関係に、過去から未来に向けて流れ、時計で計れるものという考えが、すべて誤りであったことを明らかにしました。「時間」という概念が、崩壊してしまったのです。
私たちは長い間、日という単位を分割して、時間を分けていました。一日の時間、夏は長く、冬は短くて、太陽が中天にくる正午は、場所によって違っていましたが、昼夜のリズムは、生き物たちの生活を律しており、生命体の基本的時間の源になっています。
アリストテレスは、時間とは事物が連続して変わってゆく、その変化を計測した数と考えました。何も動かなければ、時間は流れない。時間は、心も含めた動きの痕跡に過ぎないといいました。ニュートンは、その日常の時間のほかに、事物とは無関係な、絶対的時間が存在すると主張しました。近代物理学が誕生して、この絶対時間が定着したのです。
アインシュタインは、この二つの考え方が、ともに正しいことを示しました。数学的で絶対的な時間は存在するが、それは重力場と呼ばれる、伸縮自在な曲がった時空にあったとしたのです。時間の流れは、山では速く、低地では遅くなります。物体が周囲の時間を減速させるために、巨大な物体である地球の中心に近い低地の時間が遅くなるのです。
またポルツマンは、熱が高いところから低いところへ移る、エントロピー増大の特性から、過去と未来の違いを考察して、そこに曖昧な世界があることを証明しました。
さらに量子力学が登場して、物理的な変数が粒状であること、ゆらぎや重ね合わせで不確定であること、ほかとの関係に依存することがわかりました。普遍的な時間という概念は通じません。時計で計った時間も量子化されて、時間にも最小単位がありました。「プランク時間」と呼ばれ、1秒の1憶分の1の、10憶分の1の—、つまり10のマイナス44乗という値でした。時間は不連続であり、最小幅があって、その値に満たないところでは、時間は存在しないのです。この世界は、ごく微細な粒から成り立っていて、連続的ではありません。時空も揺らいでいます。過去と現在と未来の区別までが、揺れ動いて不確かなのです。それは何か他のものと相互作用しない限り、値が決まらない量子実体でした。それでもなお、私たちの実感と遠いのは、問題が根源的だからなのでしょう。「了」

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