「人類と時間」—時計職人が綴る小さくも壮大な歴史– 2025年2月14日 吉澤有介

レベッカ・ストラザーズ著、山田美明訳、柏書房2024年⒓月刊  著者は、バーミンガム出身の時計職人、歴史家です。同業の夫と共に工房を持ち、伝統的な機器と職人技によって、一から時計を手づくりし、アンテイーク品の時計を修理しています。2017年には英国史上初の時計学博士号を取得しました。希少な存在です。
時間を計る小さな機械の発明は、人間の文化にとって、印刷機の発明にも匹敵しました。腕時計や懐中時計は、まさに工学上の奇跡に見えます。2020年現在、世界で最も複雑な時計は、3000もの部品でつくられ、グレゴリオ暦、ヘブライ暦、天文暦、太陰暦に合わせて時間を計測し、時や分を音で知らせるだけでなく、50もの機能があり 手のひらに乗るケースに格納されています。最初のクロノメーターは、電気モーターが生まれる60年以上も前につくられました。私たちの時間の概念は、私たちの文化と一体の関係なのです。
人類最古の時計は、44000年前の南アフリカの洞窟で発見された、ヒヒの腓骨に刻まれた29個のキズでした。シュメール人は、60という記数法を生み出しました。やがて日時計が生まれ、古代エジプトでは水時計が発明されて、世界に広まりました。⒕世紀には、重りによる機械式時計が教会に設置され、ガリレオが振り子の等時性を発見し、天文学が飛躍的に発展しました。ゼンマイ式が生まれたのは、1430年のことです。小さな機械式時計が富裕層に好まれて、職人たちが腕を競いました。最古の懐中時計は、1505年の職人のサイン入りで、ロンドンの骨董市で発見されました。スコットランド女王メアリーが愛用した時計も確認されています。ロンドンに職人が集まりました。1983年、エルサレムの美術館で盗難があり、警察の大捜索で23年後に戻ったアンテイークの時計は、マリー・アントワネットのために、当時の最高の職人ブレゲが製作したものでした。あまりにも凝り過ぎたので、完成したのはアントワネットが処刑された34年後のことでした。
一方、18世紀の英国海軍は、航海での船の位置を知るために、経度の測定に迫られていました。当時72才だったニュートンの助言で。正確な時計が求められ、ヨークシャー州の職人ハリソンが、懐中時計の技術をもとに、クロノメーターを完成させました。1831年、英艦ビーグル号は、クロノメーターとダーウィンを乗せて航海に出ています。
産業革命が始まると、工場生産に時計が必須になりました。ここで安価な時計が、オランダから流入してきました。それは、スイスで工場生産させたもので、当初は低品質でしたが、やがて本場英国の徒弟制度を、脅かすようになったのです。時計は一般社会に普及し、1924年、エベレストの頂上直下で遭難し、1999年に遺体ガ発見された、マロリーの時計が回収されました。南極のスコットの遺品の時計も、博物館に保存されています。
1905年、スイスの26才の特許局員が、路面電車の中で自分の時計をみながら、ベルンの教会の大きな時計を見て、不思議な考えが浮かびました。アインシュタインの相対性理論が生まれて、私たちの時間や宇宙の考え方を、根本から変えることになりました。
時計職人にとって、20世紀は激動の時代で、クオーツと電子化で一変しました。しかしこの工房では、今も機械式の熟練の技を磨いています。その感覚が好きなのです。「了」

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