斉藤英治著、集英社インターナショナル新書、2024年⒓月刊 著者は1971年、東京生まれ、東京大学工学部物理工学科卒、同大学院工学系研究科で物理工学を専攻して博士。慶應義塾大学理工学部助手を経て、東北大学金属材料研究所教授。現在は、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授。著書に「スピン流とトポロジカル絶縁体」(共著、挙立出版)があり、日本学士院賞など多くの賞を受賞しました。
私たちは電子が持つ電荷の性質を、電流として利用していますが、電子にはもう一つ「スピン」という性質があります。「スピン」は「電子の自転」のようなもので、その回転の量によって「磁気」を生み出します。電荷の流れが電流ですが、「スピン」もまた、ある条件下で流れることがわかっていました。「スピン流」です。しかし、それはごく微細な効果で、ほとんど無視されてきました。最近、それがナノテクノロジーの発展で、計測・実験ができるようになり、「スピントロニクス」という新たな学問分野が生まれています。
著者は20年前、慶應義塾大学助手として、初めてこの新領域に触れましたが、当時はまだ、「スピン流に関する物理法則」は、確立していませんでした。物理学には、長い歴史がありますが、そこには「スピン流」に関連した物理量は、全く出てこないので、いったいどのような現象を示すのか、という基礎的概念さえもわかっていなかったのです。
「スピン流」は、理論的にナノメートルスケール(10億分の1m)という、極めて短い距離で消えてしまいます。著者はまず測定方法から開拓しました。電気と磁気の世界は、非常によく似ています。電磁誘導の法則に立ち返って、電流がつくる磁場を検出すると電流が測定できるように、スピン流がつくる電場を捉えれば、スピン流が測定できるはずです。学生たちと議論するうちに、アイデアが固まってきました。実験してみると、スピン流は5ナノメートルで消えるとわかりました。電子を50個並べた距離です。スピンをポンピングさせて薄膜に注入し、電流に変換することにして、注入には強磁性共鳴するニッケルと鉄の合金「パーマロイ」を、電流に変換する薄膜の材料には、周期律表から白金を選定しました。実験は成功して、世界初のスピン流計測技術を確立し、論文発表しました。
スピン流物理学が始まり、新しい物理現象が生まれました。物質には、電気の「導体」、「絶縁体」、「半導体」があります。スピンにも、同じ分類があるはずです。金属の両端に温度差を与えると、電圧が生じる「ゼーベック現象」があります。スピン流が流れやすそうなイットリウム鉄ガーネット(YIG)を使って温度差を与えると、熱流からスピン流が生成しました。「スピンゼーベック効果」と名付けた論文は、「ネイチャー」に掲載されて、広く世界で認められました。YIGは、電気を流さない絶縁体なのに、スピン流は電流を生成しました。絶縁体を通じて電気信号を送受信する可能性が生まれたのです。
著者は東北大学金属材料研究所で、さらにスピン流の新たな物理法則を展開し、流体の基礎方程式を変えてゆきました。量子コンピューターや、超低消費コンピューター、新しい発電など、次世代テクノロジーへの応用が進行しています。熱い研究物語でした。「了」
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