「土と内臓」—微生物がつくる世界—2025年1月3日 吉澤有介

デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー共著、片岡夏美訳、 築地書館、2016年11月刊  著者のデイビッドは地質学者で、ワシントン大学地形学教授、地形の発達および地質学的プロセスが、生態系と人間社会に及ぼす影響の研究で、多数の国際賞を受賞しました。「土の文明史」(築地書館)、「岩は嘘をつかない」(白揚社)などの名著があります。
妻のアンは生物学者で、地域再生、都市環境と自然環境などの分野で研究しています。
夫妻は、それぞれ地質学者と生物学者ですが、微生物や医学の研究者ではありませんでした。たまたまシアトル郊外に、念願の新居を持ったことで、新たな刺激的な体験をすることになりました。新居の庭の土壌改良に迫られたことから、微生物と植物、微生物と人体の絶妙な関係を知り、微生物と多分野の知見を融合した重厚な本書が生まれたのです。
新居で、アンが夢だった庭づくりに取りかかりました。ところが、土はカーキ色の粘土層で、すぐ下は硬い氷礫土になり、植物には極めて不適な土質とわかったのです。地質学者としては、迂闊なことでした。直ちに近所から落葉を集め、堆肥や有機質の土を大量に運び入れました。5年に及ぶ土壌改良の結果は、驚くべきものでした。庭は、ミミズや昆虫、鳥などの生命に溢れ、花や樹木は元気に育ち、近所から、ガーデンツアーまで来たのです
夫妻は、有機物が生命の溢れた世界に進化させた様子に、深い感銘を受けました。
ここでアンにガンが見つかり、手術で乗り越えましたが、あらためて自身の健康を見直してみると、ここにも微生物の大きな力があることに気づきます。夫妻は新しい世界に踏み込みました。人の体には、皮膚、肺、耳、根、腸など、いたるところに微生物がいました。私たちはみな、別の生物の生態系の寄せ集めだったのです。それらの微生物を総称したヒトマイクロバイオームは、特に大腸内の細胞の多様性と免疫力を教えてくれました。
レーウェンフックの発見以来、パスツールなどの長い微生物研究史では、主に病原体に注目し、個体同士の競争が進化を促進したという、ダーウィンの進化論に発展してゆきました。しかし1970年代から80年代にかけて、異才の生物学者マーギュリスは、地球最初期から微生物同士に協力関係があり、細胞内に共生するミトコンドリアや葉緑体などの存在から、別個の微生物間の共生関係が、多細胞生物の基礎であるとして、シンビオジェネシスを提唱しました。衝撃的な仮説でしたが、次々に共生の証拠が出てきたのです
人体の内外に棲む微生物には、複雑な共生関係がありました。同じように土壌生物が、地球の健康に驚くほどのよく似た発見が相次ぎました。微生物は、木の葉、枝、幹や動物の遺体など、地球上のあらゆる有機物を繰り返し分解して、新しい生命を産み出しています。また、ヒトの消化管をひっくり返すと、植物の根と同じような働きをしていました。
長い間、人類は見えない隣人を脅威と見てきました。土壌生物を害虫として、絶滅に熱中してきましたが、いまその見直しが進んでいます。また一時は成功したかに見えた医療技術も、微生物を体内環境の管理に役立たせる戦略へ転換する必要があります。微生物が世界を動かしていました。私たちが、微生物をどう扱うかで、未来が決まるのです。「了」

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