針山孝彦著、化学同人、2024年7月刊 著者は1952年東京都生まれ、兵庫県宝塚市郊外で少年時代を送る。横浜市立大学卒、岡山大学臨海実験所で修士、東北大学応用情報科学研究所助手、浜松医科大学医学部教授を経て、現在は同大学光医学総合研究所特命研究教授、理学博士(九州大学)。専門はバイオミメテクス、視覚生理学、超微細構造観察、光生物学。著書に「生き物たちの情報戦略」(化学同人)、「生き物たちは先生だ」(くもん出版)などがあります。
著者は、自然豊かな郊外で、多様な生き物と遊びました。昆虫採集では殺して標本とすることを嫌い、生きた姿を観察し、とくにタマムシの美しさに魅了されました。しかし東京に戻ると興味が変わって物理学に憧れ。結局は生物学で光に関連する動物の視覚の研究に進みます。東北大学では、専門の視神経などの観察、実験に明け暮れて、國際誌に論文を発表していました。ところがある日、蔵王の山麓でタマムシの世界を思い出して、狭い専門分野にいた視野が、一気に生物界全体へと拡大しました。森が見えてきたのです。
その後、海外で研究生活を送り、著者の世界観も、研究スタイルも大きく変わりました。
浜松に移ると、大学構内に榎の林があって、多くのヤマトタマムシが飛び交っていました。著者は、その宝石のような輝きにあらためて感動します。タマムシの赤や緑の鐘には色素があるのか。スケッチしたり疑問を文章化して、作業仮説を立てました。鞘翅を構成するクチクラを削り、実体顕微鏡や透過型電子顕微鏡を駆使して、その実像に迫りました。しかし赤や緑の色素はなく、薄い褐色があるだけです。シャボン玉のような薄膜干渉仮説が浮かびましたが、これも実験で否定されました。ここで多層膜干渉仮説を立てて高倍率で調べると、予想通り20層ほどの配列に、層数や層間のバラツキがあって、赤や緑に波長を変えていたのです。このような層が、どのようにして形成されるのでしょうか。
タマムシは甲虫で外骨格を持ち、完全変態するので、サナギで一度融解して、自己組織化しながら鞘翅をもつ成虫へと変態します。その経過をみるには、膨大な実験が必要で、とても手に負えません。実験動物のショウジョウバエで代替して、複眼の形成などをみたら、上皮細胞が、原クチクラを分泌している姿を、初めて捉えることができました。
さらに使用した走査型電子顕微鏡(SEM)で、大きな発見がありました。SEMでは、試料を高真空にして観察するため、生き物はすべてペシャンコに潰れるので、一般に生きたままの観察はできません。ところがショウジョウバエの幼虫をSEMに入れてみると、何と一時間ほど動いていました。体の外側のネバネバした物質が、宇宙服の役目をして、生命を維持していたと直観しました。人工物質(ナノシート)を工夫して、実験で確かめました。多くの生き物で、生きたままのSEM観察が可能になったのです。ヤモリの足先の微細構造を解明して、抗がん剤の副作用で指紋の消えた患者に、滑り止めのナノファイバーの手袋を考案しました。生き物たちの知恵に学ぶ、バイオミメテクスの一例です。
著者は、タマムシやその他の生き物に多くを学びました。人間中心的な研究から脱皮して、自然をより深く理解するために、虫の目で見る「蟲瞰学」を提唱しています。「了」
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