深沢 遊著、築地書館2023年7月刊 著者は1979年、山梨県生まれ、信州大学農学部卒、京都大学大学院農学研究科で博士(農学)。日本学術振興会特別研究員(京都)、森林組合職員(和歌山)、トトロの森職員(埼玉)を経て、東北大学大学院農学研究科助教。東北の森に住み、枯木を訪ねて世界を巡っています。独創的研究で受賞し、挑戦する若手研究者「東北大学プロミネントリサーチフェロー」に選出。著書に「キノコとカビの生態学」(共立出版)などがあります。
著者は、小学生の自由研究でコケと付き合い、変形菌(粘菌)やキノコ、森林生態系、とくに枯木に注目する研究者になりました。本書は、宮城県の自宅の立木で、3年ほど前に枯れた、樹高10mのコナラの枯木の観察から書き起こしています。キクイムシに食われ、カブトムシなどが群がるその木屑から、猛毒のツキヨタケに、食用になるムキタケが生えてきました。リスが齧りに来て、根本には大量のナメコが発生しました。枯木は多くの自然現象を見せてくれました。それは地球環境に大きく関与していたのです。
森は菌類の宝庫です。土中には菌根菌が樹々の根とネットワークをつくって、情報や水分、炭素までやりとりしています。バクテリアによる窒素固定作用もありました。枯木を栄養源とする木材腐朽菌のネットワークも巨大です。丸ごと強力に分解する白色腐朽菌と、分解しにくいリグニンを残して中のセルローズだけを分解する褐色腐朽菌が共存して、分解速度を高めていました。彼らの働きで多様な生態系が保たれてきたのです。
しかし、世界各地では、樹木の大量枯死が起こって、森が消える事態が多発しています。日本ではキクイムシによるナラ枯れには、なぜか褐色腐朽菌が優勢でした。有機物の蓄積に役立ちそうです。森林火災では、燃え残って炭化した木に、菌類群が発達します。多孔質の炭は分解されず、さまざまな養分を吸着し、森の再生を促進していました。
人工林では、木材を収穫して持ち出すので、森の中には枯木が残りません。サルベージ・ロギングという枯木の不在は、生物相に影響し、枯木に依存していた生物が次第に絶滅します。逆に枯木を放置すれば、炭素貯留と生物の多様性が保たれるのです。地上に折り重なった枯木は、自然のバリケードになり、樹木が実生し、幼樹がシカなどに食べられることを防ぎます。また地表の環境が不均一になって、さまざまな植物が育つのです。
さらに枯木は、大量枯死後の土壌生物相に良いことがわかってきました。樹冠がなくなると、直射日光が差し込んで、地表が乾燥・高温化します。大きな倒木があると日陰をつくり、生物たちの避難所になるのです。キクイムシの大発生を抑制するのではなく、自然のプロセスとして静観してよいのです。人工林も、択伐して一定面積の森林を残し、立枯木や倒木を保存し、生態系サービスを維持する「保持林業」が、世界で広がっています。
近年、森林バイオマスの燃料活用が推進されています。果たしてこれで良いのか。永年蓄積した炭素を一瞬に放出するだけで、時間のかかる植林で補うことはできない。成長の早い樹木を植えても、森を畑にすることで、生態系が崩れます。木質バイオマスの利用は、再検討しなければなりません。炭素貯留・生態系とのバランスが重要なのです。「了」
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