「恐竜大陸 中国」  2024年8月8日 吉澤有介

安田峰俊著、田中康平監修、角川新書、2024年6月刊  著者は、1982年滋賀県生まれのノンフィクション作家です。立命館大学文学部史学科東洋史学専攻卒、広島大学大学院文学研究科博士課程前期終了。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。主に中華圏について執筆活動していますが、3才で恐竜図鑑にはまり、恐竜に特別の関心があって、中国の最新の恐竜事情を、講談社ブルーバックスWEBに連載しました。本書はそれを大幅に加筆修正し、恐竜の専門家の監修を加えたものです。
 現在、世界で最も多くの種類の恐竜が見つかっている国は中国です。広大な国土を持つ中国では、前近代から化石が発見されていましたが、長い間、「竜骨」として医薬の特効薬に用いられて、盗掘、密売の対象となっていました。しかし、状況は1990年代後半から、がらりと変わったのです。対外開放で海外の研究者との交流が盛んになり、専門家も養成されて、大発見が続き、「羽毛恐竜」の化石は、世界の恐竜研究史を一気に塗り替えることになりました。本書は、それら近年の多くの話題を、特集して紹介しています。
 1995年、中国東北部(旧満州)の李という農民が、山肌の岩の中に奇妙な化石を見つけました。当時、農民の多くは、農閑期に化石を盗掘して、博物館やブローカーに密売していました。李もその一人で、北京の中国地質博物館に持ち込むと、館長は眼の色を変え、約78000円で買い取ってくれました。当時の農民の年収を超えてはいましたが、破格の安い買い物でした。館長は当初、原始的な鳥類とみていましたが、海外の研究者が続々と訪れて、羽毛を持つ小型獣脚類とわかりました。鳥=恐竜の世界的発見となったのです。
 多様な種類の羽毛恐竜が、次々に発見され、各地では農民たちの化石ハンターが生まれ、ついには怪しげな化石捏造工場までが出現しました。本物の化石では、「イ」と命名された、長い指と指間に膜を持った飛行恐竜や、テイラノサウルスの仲間にも、尾に繊維構造があり、羽毛があったとみられるものまで発見されました。大きさでは、全長30mに及ぶものもいます。地域では、広大な中国のほぼ全域にわたっています。広東省では、9才の少年がタマゴ化石を発見して話題になりました。モンゴル高原で、タマゴ泥棒と命名されていた恐竜は、実は自分のタマゴを守りながら化石になったものとわかりました。チベットでは、住民が、伝説の聖人の足跡として拝んでいた岩盤は、実は恐竜の足跡でした。
 2016年末、中国地質大学で恐竜オタクであったシン博士が、古生物が含まれた琥珀の購入のために、ミヤンマー東北部で訪れていました。顔見知りの商人から勧められた琥珀は、約9900万年前の白亜紀前期のものでしたが、小型獣脚類の尾の化石が、生前の軟組織に羽毛まで残して見つかったのです。「EVA」と命名されました。しかしこの研究手法はその後、強い批判に見舞われます。産地の調査が困難の上に、琥珀の価格が急騰し、内戦を続ける勢力の資金源になっていました。政情不安中の不正持ち出しが問われたのです。
 近年の中国では、僻地に観光客を呼び込む地域起こしの目玉に、恐竜が注目されていますが、箱物行政でつくられた博物館では、再現骨格もあまり信用できません。政治色がやや薄いことが救いですが、著者は、地道な研究が進むことを強く願っていました。「了」

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