「宇宙する頭脳」—物理学者は世界をどう眺めているのか   2024年9月7日 吉澤有介

須藤 靖著、朝日新書、2024年3月刊   著者は1958年、高知市に生まれ、東京大学理学部物理学科卒、同大学院理学系研究科で物理学を専攻して理学博士。現在は東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。専門は宇宙物理学、特に宇宙論と太陽系外惑星の理論的、観測的研究。著書には「ものの大きさ」、「解析力学・量子論」、「人生一般=相対論」(以上東京大学出版会)、「不自然な宇宙」(講談社ブルーバックス)、「宇宙は数式でできている」(朝日新書)などがあります。
 物理学者の人数は2020年時点で、日本物理学会の会員は約1万6千人。その半数は大学に所属し、12%が公的研究機関に、10%が民間企業。学生も15%ほどいますが、全部足してもごく珍しい存在と言ってよいでしょう。その物理屋の考え方は、アインシュタインの一般相対論を出発点としているので、物事の善悪、真偽、〇☓など、あらゆるものは相対的で、絶対的基準は存在しないと考えています。何事もYes,Noをはっきりさせる西欧人よりも、物事をあれこれ考える、日本人のほうが向いていると言ってもよいでしょう。
 物理学の世界では、身の回りも含めて、あらゆる現象はすべて物理法則で説明できるとして、偶然は必要ないと考えていました。宇宙初期からの138憶年は、それでほぼ解明できたからです。しかし、宇宙が誕生した瞬間を考えると、なぜ宇宙は誕生したのか?それは必然だったのかという疑問が出てきます。多くの可能性があったのに、この宇宙が生まれたのは、偶然だったのではないか。この宇宙のほかに、別の異なる宇宙もあるかも知れない。マルチバースという考え方が、ごく自然に生まれたのです。無数の異なる宇宙を予想して、「究極理論」を構築したのが「超ひも理論」でした。今も議論が続いています。
 宇宙は点が爆発して始まったというビッグバン説も、厳密には正しくありません。いかにして宇宙が始まったかは、まだわかっていないのです。誕生直後は確かに極めて高温・高密度だったが、その前は体積ゼロでした。数学的な意味での「点」ではないのです。
 「夜空はなぜ暗いか」という疑問についての答えも深淵でした。近くの星は明るく、遠くにある星は暗い。しかし遠くには数多くの星があるので、観測する奥行きに、どんどん星が増えて、理論的には逆に明るくなるはずです(オルバースのパラドックス)。それが暗いのは、ある距離から先に星がないからでした。観測できる宇宙は、誕生以来138憶年の有限だったのです。また天文学者たちは、宇宙の大半が光を発しない暗黒成分であることを発見しました。宇宙の全エネルギー密度のうち、約7割がダークエネルギー、4分の1が正体不明のダークマター、残りの5%弱だけが通常の元素とされています。「見えているもの」がすべてではなかった。「見えないもの」は存在しないとは言えないのです。
著者はある日、ギックリ腰で動きが不自由になって、左右のバランスがとれません。これこそが身を持って体験した、物理学でいう「対称性の自発的破れ」でした。宇宙には、特別の方向性がないはずですが、現実には非対称性があるのです。牧場で休んでいる牛は、なぜか南北方向を向いている確率が高いそうです。日常生活にも謎がたくさんあり、それを科学的問題として提起し、仮説と試行錯誤で正解に迫ることが科学なのです。了

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