「水とは何か」(新装版)—ミクロに見たそのふるまい—2024年7月25日 吉澤有介

上平 恒著、講談社ブルーバックス、2009年7月刊   著者は、1927年秋田県生まれ、東京工業大学化学コース卒、染料溶液の研究から、当時の水の構造研究の権威、旧ソ連のサモイロフと文通して、水の研究に入りました。工業技術院・繊維高分子材料研究所を経て、北海道大学理学部高分子学科教授となり、1992年に定年退官しました。著書に「生命からみた水」(共立出版)、「水の分子工学」(講談社サイエンテイフィク)他があります。趣味は、クラシックや民族音楽鑑賞。本書は、1991年に立ち上げた「水科学研究会」による初版に、近年の知見を加筆、新装再販したものです。
水の多様性は、水分子の性質によって決まります。水は分子量が僅か18で、2個の水素原子と1個の酸素原子からなるごく簡単な化合物ですが、この見かけの単純さにも関わらず、驚くべき性質を持っていました。水という物質の個性は、水分子の構造にあります。
水分子には4本の腕があり、その端を結ぶと正四面体になって、水分子はこの形に似せた結晶をつくります。水や氷の状態で主役を占める力は、水素結合でした。この力が大きくて、水の沸点が高いのです。また水分子にある4個の電荷は、まとめると両端に正と負の極を持つ棒磁石の形になり、双極子能率を持つことになりました。これが特有の二重性格を示しています。私たちにありふれている水は、極めて例外的な物質だったのです。
とくに比熱の大きさは格別で、地球規模で気候に影響しています。例えば日本近海の黒潮は、毎秒6900 万トンの水を運び、熱量は毎秒1兆2000憶キロカロリーに及びます。石油を毎秒12万kg燃やす熱量に匹敵していました。また水分子には隙間があって、圧力をかけると体積が縮み、氷になると体積が増えて水に浮かびます。さらに水には重水素と酸素の各三種の同位体があって、それらの組み合わせから18種類の水が存在しています。その割合は地球上で一定でした。沸点も重水の方が高い値を示しています。さらに水にはモノを溶かす特殊な能力があります。そのために、純水をつくるには特別な困難がありました。現在25℃の純水の密度の実測値は、0,99707です。しかし海水などの研究には、小数点以下6桁の数値が重要とされていて、重水の存在が今なお大きな問題になっています。
また一時、ミネラル水などの健康効果に、クラスター値が小さいためという説が流行しましたが、厳密な検証の結果、クラスターに大小はなく、これは全くの疑似科学でした。
水溶液の種類はさまざまです。中でも酒は特別でしょう。蒸留酒と醸造酒がありますが、熟成によってそれぞれが特有の風味が増す理由は、まだよくわかっていません。食塩のような電解質の水溶液では、プラスとマイナスのイオンに分かれます。その水分子の間には、水素結合と、双極子の力が働くので、環境変化に対する適応力が特に高いのです。
水は大人の体重の60%を占め、体内で1日に使用する水の量は、180Lもあります。食物などで取るのは2,5L、排出するのも2,5L ですから、大半は腎臓で再生産しているのです。樹木も、水を地中から吸い空中に発散しますが、その使用量は、どの樹種でも190L/日で、なぜか人とほぼ同じでした。水は生き物の体内を駆け巡り、タンパク質、酵素、核酸などの生体高分子、細胞の働きを助け、生命躍動のもとになっているのです。「了」

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