「人間の営みがわかる地理学入門」 2024年7月5日 吉澤有介

水野一晴著、角川ソフィア文庫、令和4年6月刊  著者は1958年、名古屋市生まれ、名古屋大学文学部地理学専攻卒、北海道大学大学院環境科学研究科、さらに東京都立大学大学院理学研究科で地理学を専攻して理学博士。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科助教授を経て、現在は京都大学大学院文学研究科地理学教授です。 専門は自然地理学。アフリカ地域研究。主著の「自然のしくみがわかる地理学入門」は、すでにご紹介しました。ほかに「気候変動で読む地球史」(NHKブックス)、「世界と日本の地理の謎を解く」(PHP新書など、多数があります。
本書では、人文地理を存分に語っています。例えば、天然ゴムは、イギリスがブラジルから7万個の種子を盗み出して、キュー植物園で培養し発芽した5%を、生育環境に適した植民地で生産して、世界に広めました。コーヒーも、オランダが、輸出禁止のアラブ地域から秘かに持ち出して、自国の植民地インドネシアで栽培したものです。著者は原産地のエチオピアで、コーヒーを注文したら、N社のインスタントコーヒーを出されて驚きました。アフリカでは、先進国向けの換金作物が増え続け、伝統的に安定自給していたキャッサバが消えて、食糧確保に苦しんでいます。日本に来るフィリッピンのバナナも、米国系などの4社が押さえ、農家の実際の収入は僅か2%です。お定まりのパターンでした。
民族の分類には、言語、風俗、習慣など、さまざまな文化による基準がありますが、よく使われるのは、世界に約7000種ある語族です。大きく分けると20系統になりますが、ヨーロッパでは、ほとんどがインド・ヨーロッパ語族で、英語とドイツ語の基礎的単語では、58,5 %が同系とされ、北欧同士では、どの言語でもほぼ理解できるそうです。
ポリネシア諸語は、太平洋のほとんどの島々で通じます。一括してオーストロネシア諸語と呼んでいますが、その最も古い形は、台湾原住民に行き着きました。日本語は世界の「言語の孤児」といわれる少数派です。アフリカ大陸では、世界人口の約17%が住んでいますが、言語は世界の言語数の25%もあります。4系統に大別され、ケニアだけでも80言語、タンザニアでは110以上の言語が話されています。近代、共通語が求められ、学校では英語と、南部アフリカのオランダ系ボーア人の、アフリカーンス語を学んでいます。
インドでは、ヒンデイ語やベンガル語が多く使われていますが、全く異なるトラヴィダ系言語を話す人々が1/4もいます。インドでは、ベジタリアンが圧倒的です。食事には右手を使い、用便には左手を使います。手水を使う用便は、著者には案外快適でした。
現代中国は、92%の漢族と、55の少数民族による多民族国家です。新彊ウィグル地区では、独立運動が活発でしたが、中国政府は激しく弾圧して、支配を強化しました。漢族の比率も40%を超えました。石油・天然ガスの埋蔵量が多く、核実験場まで設けています。
宗教については、人種や民族、文化圏の枠を超えるキリスト教、イスラム教、仏教などの世界宗教がありますが、特定の民族宗教もあり、自然崇拝も広く行われています。
宗教も愛国心も大切ですが、それが過激化すると危険なものになります。立場の強いものと弱いもの、異なった社会の人間同士の理解を深めることが、何よりも大切なのです。了

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