中井 遼著、光文社新書、2024年5月刊、 著者は、東京大学先端科学技術研究センター教授。博士(政治学)。日本学術振興会特別研究員、早稲田大学助手、立教大学助教、北九州市立大学准教授を経て、本年現職に就任しました。著者には、「デモクラシーと民族問題」(勁草書房)、「欧州の排外主義とナショナリズム」(新泉社)などがあり、サントリー学芸賞を受賞しています。
グローバル化がますます拡大する中で、世界の政治は、移民の排斥や、反グローバリズム、時には戦争という「ナショナリズム」とも形容される現象が目立ってきました。ドイツやフランスでは、反移民を掲げる政党が台頭し、アメリカ第一主義の声も大きく、ロシアはむき出しの力でウクライナに侵攻しています。社会の保守化や右傾化ではないか。
ナショナリズムをめぐる問題が政治の重要な争点になってきました。しかし、ナショナリズムを単なる右傾化だとは言い切れません。ナショナリズムとは、同じ文化を共有する人々がいて、そういった同じ文化の人々で公的な営みを進めてゆきたいという意識や運動のことをいいます。政治的な右か左かとは、もともとあまり関係はなかったのです。
政治的な左右という歴史は、フランス革命の最中の議会で始まったとされています。議長から見て右側に、王制などの維持、復権を目指す勢力が座り、左側に、革命を押し進めて王制廃止や極端な平等を目指す勢力が座っていました。そのため右が現状維持、・保守であり、左は進歩・変化とされたのです。世界の現実が不平等である以上、「不平等に抵抗するか甘受するか」が争点になりました。第二次大戦後も、市場と競争の自由経済か、政府の介入かが重要課題でしたから、大きな政府による再分配策=左翼とされたのです。
しかし、これを不変の原理としたところに、混乱が起きてしまいました。現代の政治的対立は、個人のライフスタイルの多様性も含めた文化的、社会的対立に移ったのです。社会生活上の変化を受け入れるか、保守的であるかが争点になってきました。そうなると、左右の逆転もあり得ます。例えば日本共産党は、憲法改正に反対して現状の秩序にこだわる態度は、保守そのものでしょう。環境運動や新しい価値観に対してもリベラルという立場が出てきました。そして、さらなる国際化の進展は、文化的争点としてのナショナリズムの復活をもたらしたのです。左右の意味はますますわからなくなってきました。
ナショナリズムにも複数の顔がありました。人々を抑圧したり、排除したりすることもあれば、人々に平等や助け合いをもたらすこともあります。グローバル化は、どこまでが同じ国民であるのか、移民や多文化社会の到来への対応として、国際社会とどう渡り合ってゆくのかといった争点が、一層顕著になってきました。国際化が進めばナショナリズムは過去のものとして消えるのではなく、むしろ、様々な形へと多様化していったのです。
著者は、最新の国際的世論研究の成果を紹介しています。自国民の誇りのような肯定的態度と、外国人に対する排外主義の関係性はさまざまでした。心理学の知見や道徳的感情も議論されています。これを単に、右と左や、リベラルと保守に振り分けることはできません。政治は可能性のアートです。私たちの意識が、社会を作り変えてゆくのです。「了」
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