「世界史の構造的理解」—現代の「見えない皇帝」と日本の武器–2024年6月15日 吉澤有介

長沼伸一郎著、PHP研究所、2022年7月刊
著者は1961年、東京生まれ、早稲田大学理工学部応用物理学科(数理物理)卒、同大学理工学部大学院中退。1987年、「物理数学の直観的方法」を自費出版して注目され、その後も「経済数学の直観的方法」、「現代経済学の直観的方法」(講談社)などがあります。
コロナ禍は、これまで潜在していた社会的問題を、一挙に表面化しました。また、AIの際限ない発達に直面して、「人間は一体何をして生きてゆくのか」が問われています。
ここで最も重要なのは、明確なビジョンを持つことでしょう。日本は欧米諸国に対して、「勤勉さ」を武器に、2番手で後追いしてきたと思われています。しかし、「勤勉さ」という戦闘力では限界があります。決してそれだけで彼らに対抗したわけではありません。
日本の歴史を辿れば、難局に遭遇すると、必ず「理数系の武士団」が突然に出現し、これまでの文系的な常識的体制に対する独創的ビジョンを生み出して、困難を乗り越えてきました。戦国時代には、織田信長が独創的で合理的な先進性を発揮しています。幕末では、蘭学で近代科学・技術を学んだ、藩主や志士らの目覚ましい活躍がありました。いずれもまず「独創的な発想力」を持つ思想家が出て、そこに自発的に学んだ開明的な官僚が続きました。また文系でも、そのビジョンを深く信じて、一般民衆と融和・浸透させた人物がいました。豊臣秀吉や西郷隆盛などです。彼らが結束して相乗効果を挙げたのです。
欧米では、平素から理系的・論理的な人材が、社会や政治の中枢に入り込んでいます。フランスのエリートなどで、とくに理系集団をつくる必要はなく、メリハリがありません。日本がビジョンの先頭に立つには、この「理数系武士団」が、最大の武器となるのです。
世界の現状は、経済戦争や地域紛争が、続いています。世界がどこに向かっているのかも、定かではありません。日本の出番を読むには、やはり歴史に立ち戻ることでしょう。
現代の混沌とした状態は、第2次大戦の直前によく似ています。そしてその第2次大戦は、18世紀末に起こったナポレオン戦争と、まるでそっくりだったのです。その共通点は、「世界統合と勢力均衡」の体制を巡る攻防でした。地政学に沿った戦いは、結局は独裁者の世界制覇の野望が破れ、一時的にせよ各国並列の均衡世界となりました。
しかし、現在進行中のグローバリゼーションは、明らかに「世界統合」を志向しています。皇帝や独裁者の姿はなくとも、巨大メデアとマーケットの複合体の権力が、人間の欲望を吸い上げ、地政学にも捉われず、国境を越えて、新たな世界統合を目指しています。ここでは、国家も軍事力も、地域にも力はなく、社会の一人ひとりがGAFAなどに直接支配されるのです。これまで人類が経験したことのない事態になってきました。
これは、50年続いた米ソの冷戦を第3次大戦とすれば、異質な第4次大戦に突入したとみるしかありません。米国も若さを失いました。出口の見えない難題ですが、科学の世界では、いつも逆転の発想と仮説が登場します。日本は率先して、「知的制海権」をとることでしょう。日本には、宗教的にも、過去の西欧の世界観にも自由な立場があります。今こそ「理数系武士団」として、独創的なビジョンを打ち出す絶好な機会がきたのです。「了」

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