「ツキノワグマの掌を食べたい!」—ジビエ探食記—2024年5月31日 吉澤有介

北尾トロ著、山と渓谷社、2014年4月刊  著者は1958年、福岡県生まれのノンフィクション作家です。2010年、季刊「レポ」を創刊して編集長。2012年には、長野県松本市に移住、第一種猟銃免許を取得しました。
2020年からは埼玉県在住。「猟師になりたい」(角川文庫)など、多くの著書があります。
50才台半ばで松本市に移住した著者は、念願の狩猟免許をとりました。中古のエアライフルを15万円で購入して、猟師となったものの全くの素人です。地元の猟友会に相談しても、エアライフルの猟師は誰もいません。著者は、長野市のラーメン屋のMさんが、鳥撃ちの名人と聞いて、教えを乞うことにしました。そこで食べさせてもらったのが、ヤマドリとキジでした。普段食べている鶏肉とは全く違う、野性味と弾力性に脂の乗った美味さに驚き、初めてジビエの味を知ったのです。しかし、著者の初年度の収穫はゼロでした。それでもMさんからカモやイノシシ、シカ肉まで頂戴して、舌だけは肥えてゆきました。ベテラン猟師は、食べる以上に獲れてしまうので、気前よく肉を分けてくれるのです。
Mさんの指導で、2年目、ようやくチャンスが巡ってきました。ため池に遊んでいたバン(当時は狩猟鳥)を初めて撃ったのです。小柄ながら、さばいて食べた味は格別でした。
害獣の駆除活動している猟師の話では、年間を通じてシカやイノシシを獲っていると、駆除の証明を済ませて、すぐ次の駆除に向かいます。自家消費で肉は食べきれないので、近郊の農家で野菜と交換することはあっても、多くは埋没処理をしているのが現実でした。最近、ようやく駆除した害獣を解体処理して、食肉として市場に出荷する仕組みが整ってきました。野生動物は迷惑の存在ではなく、資源として地域経済の活性化に役立つのです。○○ジビエというブランドも現れています。とにかく味が素晴らしいからでした。
著者のエアライフルでは、鳥撃ちがせいぜいで、大物獣は撃てませんが、ハンター・シェフとも親しくなり、行動半径が広がってゆきました。通い詰めた遠山郷には、古くからプロ猟師の集団がいました。山が育んだ栄養たっぷりのイノシシやシカは、自社工場で解体・加工して販売します。最近は通販の売上が伸びてきました。特製のタレも評判です。
本書では、次々に珍しいジビエが登場します。カモにキジ、ヤマドリは定番ですが、ヤマシギやコジュケイも絶品です。カラスは意外に美味でした。高級ジビエで通るでしよう。しかし、カワウには臭みがあって、箸が止まってしまいました。駆除されて捨てられるアオサギの美味さは衝撃的でした。ジューシーで弾力があり、食べやすい。イノシシの頬肉の赤ワイン煮の旨さも格別です。タンはどの獣もジビエの優等生でした。さらにハクビシン、アライグマ、ヌートリア、特にキヨンの炭火焼きは、想像以上の旨さでした。
ある年の2月、師匠のMさんからクマの掌が手に入ったと知らせてきました。それこそ激レア、中国では宮廷料理として有名です。師匠も初体験とのこと。爪と骨を抜き、ひたすら煮込むと、手の形がそのままです。味付けは醤油ベースで薄味のソース。ナイフで切り分けると、ゼラチン質とホロホロ肉が相性良い絶妙の旨さ、肉球の歯ごたえはフグの皮に近い。高級中華料理店なら一掌10万円でもおかしくないほどの美味でした。「了」

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