生き物の「居場所」はどう決まるか—攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵—  2024年6月⒓日 吉澤有介

大崎直太著、中公新書、2024年1月刊   著者は1947年、千葉県に生まれ。鹿児島大学農学部卒、名古屋大学大学院農学研究科で農学博士。京都大学農学部助手、准教授。米国デューク大学動物学部客員助教授、京都大学大学院農学研究科准教授、国際昆虫生理学・生態学研究センター(ケニア)研究員、山形大学教授を歴任しました。専門は昆虫生態学です。著書は「擬態の進化—ダーウィンも誤解した150年の謎を解く」(海遊舎)など多数、「地理生態学」の訳書もあります。
生き物の「居場所」については、昔のキリスト教世界の人々は、その「居場所」を神が定めたものと信じていましたが、1859年になるとダーウィンが異論を唱え、生き物は自分の「居場所」を、競争によって獲得しているといいました。生き物が利用できる資源は限られているので、資源を巡って同種間や異種間で競争があり、勝ち残ったものが子孫を残して繁栄したというのです。その「居場所」はニッチと呼ばれるようになりました。
しかし、20世紀後半になると一転して、野外生態学者たちは、実際の野外での生き物の密度は、天敵や自然災害などで抑えられているので、エサや棲家を巡る競争は存在しないのではないかとの説を提起しました。それを支持する研究も盛んになって、現在、生き物のニッチとは、天敵からの被害を最小限に抑える「天敵不在空間」だとされています。
そう考えると、これまで競争がなさそうに見えた、チョウのニッチも説明できます。モンシロチョウ種の最大の天敵は、アオムシサムライコマユバチという寄生バチで、モンシロチョウ属の幼虫の体内に産卵します。孵化すると体内に寄生して育ち、脱出してサナギになりますが、残されたチョウの幼虫は死んでしまいます。その天敵から逃れるために、植物の下に隠れ、また別の種は、幼虫の体内の卵を殺すという積極的な攻めの戦略で、複数の植物を利用しています。有名な「棲み分け」でなく、「産み分け」をしているのです。
1798年に発表されたマルサスの「人口論」は、人間だけでなくすべての生き物にも通じるとして、その数理モデルは、ゾウリムシの実験でも確認されました。同じニッチを持つ種は共存できないという「競争排除則」や、ロジステック曲線には説得力がありました。
しかし実際の自然界は緑に溢れ、生命に満ちています。検証データはないが、植物を食べる昆虫には競争はないとする、「緑の世界仮説」は魅力的でした。ミシガン大学では、生き物を、生産者(植物)、植物食者、肉食者、分解者の4つに分けました。その数を制御しているのは植物の量ではなく、捕食者、捕食寄生者、病原体などの天敵なのです。天敵に対して、動物は擬態戦略をとりました。それもメスだけです。コスパなのでしょう。
植物は、限られたエネルギーを、生長、繁殖、防衛の3分野に振り分けています。防衛には化学的防衛があり、多様性の豊かな混交林が攪乱に強いことも確認されました。
それでは競争は全くないかといえば、やはり競争はありました。天敵不在空間の近縁種間で、「繁殖干渉」によって他種を不利益にして排除しているのです。これは著者ら日本の研究者の大きな成果でした。進化論には、なお多くの未知の分野があったのです。「了」

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