森 浩一著、角川新書、2024年3月刊 著者は1928年、大阪市に生まれ、同志社大学大学院修士課程修了、高校教諭を経て、同志社大学文学部教授、現在は名誉教授です。環日本海学、関東学など、地域を活性化する考古学の役割を確立しました。「古代史おさらい帖」、「僕が歩いた古代史への道」、「天皇陵古墳への招待」、「倭人伝を読み直す」、「敗者の古代史」など多数の著書があります。
記紀とは、「古事記」(712年)と「日本書紀」(720年)の両方を挙げるときに、省略した用語です。古墳時代が終わり、平城京に遷都して間もなく、相次いで成立しました。
著者は南河内で育ち、10代の頃から考古学に魅せられて、近くの遺跡を歩きまわり、手探りで研究活動をしていました。文庫本の「記紀」を愛読し、表紙がボロボロになるまで読んでいます。中学生で敗戦を迎えると、すぐに考古学を目指しました。戦後の考古学者の多くは、「記紀」を軽視しましたが、著者は、実体験に重ねて読み続けました。その研究の土台は、古代史にある土地を訪ね、そこに残る伝承も含めて、歴史を多角的に捉えることでした。「アーケオロジー」をもじって、「歩ケオロジー」と呼んでいます。
本書は、神武の妻たちの考察からはじまります。日向にいたとき、アヒラツ媛との間にタギシミミ命をもうけていました。東征には息子だけが同行しています。大和を平定すると、大和の豪族の娘ではなく、出雲の神を父とするタタライスキ媛を正妃に迎えました。出雲勢力と結んだのです。一般に疑問とされていた出雲の重要性は、近年の荒神谷などの遺跡発掘で証明されました。タタライスキ媛のタタラは、製鉄との繋がりを示しています。その生地は、淀川の右岸にある三島遺跡でした。正妃の産んだヌナカワミミ(綏靖)は、日向で生まれたタギシミミと対立し、彼を殺しました。日向は没落してゆきます。
著者は、弥生から古墳時代にかけて、南九州から近畿へ権力が移動したとみています。事実上の初代大王とされるミマキイリ彦(崇神)は、三輪山の西麓の磯城を拠点とし、四道将軍を派遣しました。北陸を目指したオオ彦は、南山城でその地にいたタケハニヤス彦と凄惨な戦いを展開しました。たまたま著者の大学のキャンパスのあたりでしたので、「紀」にある戦況が、地理的に鮮やかに蘇ってきました。伝承と一致していたのです。
箸墓については、後の壬申の乱で、大海人皇子(天武)が、神武陵と箸墓に戦勝祈願して、皇位の正当性を主張しました。天武は、箸墓古墳をヤマト王権の始祖の古墳と認識していたのです。箸墓の縁起は「紀」にだけ、タケハニヤス彦の戦いの話の後に出てきます。モモソ姫が、この戦いを予知して勝利に貢献したが、間もなく死んだとあります。
魏志倭人伝にあるヒミコも、狗奴国との戦争後に死にました。共通点が浮かんできます。
纏向遺跡は、箸墓も含めた古墳群と、ほぼ同時代です。祭祀関係の多くの遺物や遺構が出ています。地名は太市とも呼ばれて、各地との交流が盛んでした。低地は出雲庄でした
本書は、さらにオキナガタラシ姫(神功)と住吉神社、応神朝の成立、オオサザキ(仁徳)と続きます。著者は最後に、継体王朝の崇峻の遺児、蜂子皇子が逃れた出羽三山にお参りして、土地の人が深く信仰している姿に感動します。まさに王朝の名残でした。「了」
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