「考えるナメクジ」—人間をしのぐ脅威の腦機能—2024年3月18日 吉澤有介

松尾亮太著、さくら舎、2020年5月刊、   著者は1971年兵庫県生まれ、京都大学理学部卒、東京大学大学院理学系研究科修了、博士(理学)。三菱化学生命科学研究所特別研究員。東京大学大学院薬学系研究科助手でナメクジの腦研究に出会い、徳島文理大学、を経て、福岡女子大学教授。ナメクジの学習機構、嗅覚、視覚の研究を続けています。ナメクジの研究者は、希少な存在だそうです。
ナメクジの好きな人は、あまりいないでしょう。カタツムリなら、あの殻のらせん模様を愛して、家で飼育している人もいますし、西欧では、エスカルゴが珍重されています。同じ巻貝の仲間の、腹足鋼柄眼目という近縁種ですが、イメージは大きく違いました。
ナメクジは、普段は暗い湿った場所に隠れていますが、雨が降るとどこからか湧き出て。畑の農作物を、むさぼるように食べます。イチゴなどが大好物なので始末が悪い。悪性の住血吸虫を媒介し、線路脇の電気設備に侵入して、大規模停電になったこともありました。そんな困りものですが、生物としては意外に優れた能力を持っていました。
ナメクジの体をみると、銅イオンを含む透明の体液が全身を巡り、その中に腦も含めた内臓が浮かんでいます。何かの刺激があると粘液を出して、その免疫系で身を守ります。塩をかけると、浸透圧で多量の粘液を出して溶けたように見えます。頭部に大小2対の触角があり、大きい方に眼があって光を感じますが、解像度は高くありません。夜行性のため、嗅覚のほうが重要なのです。雌雄同体で、頭の右横に孔があり、ほかの個体と触れ合って、お互いの精子を交換し、体内に保存します。体内では、自分の卵と受精させ、親と同じ形で、同じ孔から数十匹を産みます。3~4カ月で親になり、寿命は1~2年です。
雑食性で、共食いもします。頭部の先端にある口に、硬い歯舌があって、食べ物を削るように食べるのです。糞はやはり体の右側にある排泄孔から出しますが、この孔は呼吸と共用です。体の左右非対称は、腹足類の「らせん卵割」特性によるものです。
ナメクジの腦は、ヒトと同じニューロンの集合体で、感覚ニューロン、運動ニューロンと、それらを統合するインターニューロンがあります。ニューロンの数は、1,5mm角の腦に数十万個で、ヒトの10万分の1程度ですが、その「腦力」は驚くべきものでした。
著者は、エサによる実験でナメクジが学習することを確かめました。不味かった匂いを、2カ月も記憶していました。好き嫌いで次のエサを予見し、高度な論理学習までできました。その機能は、腦の前脳葉が担っています。ピンセットでその部分を壊してみたら、何と1か月で再生しました。以前の記憶は消えていましたが、機能は正常に戻ったのです。ヒトでは脳細胞の再生は殆どできません。ナメクジの前脳葉は、常に新しいニューロンを造り続けているのです。腦を取り出しても、シャーレの中で数日生きていました。
ヒトも含めた多くの動物の細胞は2倍体で、減数分裂によってDNAを2倍体に維持しています。ところがナメクジのニューロンには1万倍体のDNAがありました。細胞分裂の際に、DNAを倍増させていたのです。ニューロンが増え続ける所以でした。ナメクジの非常識は新しい世界観を見せてくれます。著者の独自の研究は着実に歩んでいました。了

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