「土を育てる」—自然をよみがえらせる土壌革命—2024年3月15日 吉澤有介

ゲイブ・ブラウン著、服部雄一郎訳、NHK出版、2022年5月刊
著者は、アメリカ・ノースダコタ州の、リジェネラテイブ農業(環境再生型農業)の第一人者です。2000haの農場・牧場を営み、化学肥料や農薬を使わない不耕起栽培によって、自然の生態系を回復させる新型農業を確立しました。数々の賞を受賞しています。
農業には全く縁のない街育ちでしたが、高校で農耕の授業をとったのがきっかけで農業に興味を持ち、大学では農業経済と畜産学を学びました。農業実習した農家の娘と結婚し、その農家を継ぐことになったのです。一般的な慣行農業でした。牧畜が好きだったので、穀類のほかに牧草地を増やしました。しかし、8年経過したある日、アメリカ農務省の自然資源保全局が来て土壌分析をしてみると、有機物の含量が1,7 ~1,9 %で、周辺の土壌の7~8%に比べてかなり低いと診断されました。厳しい状況になっていたのです。
そこで洲の東北部で農業をしている友人から、農地を耕さない「不耕起栽培」がいいと勧められました。時間も節約できるし、土の水分も保てるといいます。一瞬、疑いましたが、先入観のなかった著者はすぐ切り替えることにしました。誘惑に負けないように耕運機を全部売り払い、そのカネで不耕起用の播種機を買いました。そして最初の1年は最高の年になったのです。化学肥料も施さないのに、収量も売上げも増えたのは驚きでした。
「不耕起」の原点は、1943年のオハイオ洲の急進的農学者E・フォークナーの著書「耕す民の愚かさ」で、それをサウスダコタ州の研究農場所長のD・ベック博士が普及させたものです。ベック博士は、「自然に目を向ければヒントが見える」と説きました。原則は、
①「土を機械的・化学的にかき乱さない」耕すと土壌の構造が壊れ、土壌生物の棲み家が失われ、団粒構造やその隙間がなくなり、土壌流出が起こる。
②「土を覆う」干し草などを敷き詰めて、水分の蒸発や雑草の発芽を防ぐ。
③「多様性を高める」植物と動物の多様性を確保して、土の健康を保つ。
これらは、すべて原住民の知恵でもありました。現代の農業は鉱業に近い。農家は土から養分を掘り起こし、持ち去っています。どうみても持続可能な図式ではありません。
しかし、著者の「不耕起」は、まだ本物ではありませんでした。ノースダコタ州の厳しい自然が襲ってきたのです。猛烈な寒波と壊滅的な雹の被害が4年も続き、穀物の収穫は殆どゼロになりました。幸い牛だけは無事だったので、子牛を売って暮らします。銀行からの借り入れも限度でした。著者は必死に土壌の本を読みあさり、出会ったのが、A・セイボリーの「ホリステックな土地管理」でした。土地の本当の見方がわかったのです。
春になるとミミズが増えていました。5年間も農業ができず、収穫できなかった作物を放置して土を覆い、化学肥料も除草剤も使用しなかったので、土の自然が蘇ったのです。菌根系が復活し、作物も牧草も牛たちも健康そのもの。ローンも完済できました。著者の理想とする農業が、実現できたのです。現在、農場には見学者が絶えず、講演会も盛況で、多様な動植物が出迎える豊かな環境には、共感の輪が大きく広がっていました。「了」

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