「スパコン富岳の挑戦」—GAFAなき日本の戦い方—2023年8月23日 吉澤有介

松岡 聡著、文春新書、2022年10月刊
著者は、1963年東京の生まれ、東京大学理学部卒、同大学院博士課程在学中に助手、東工大助教授、教授になりました。東工大では、スパコン「TSUBAME」シリーズをつくり、省電力など数々の指標で世界のトップランクを獲得し、現在は特任教授。理研計算科学研究センター長で、スパコン「富岳」の開発を指揮しました。⒕年にはスパコン分野の最高峰であるシドニー・ファーンバック記念賞を、日本人として初めて受賞しています。
著者が手掛けた「富岳」は、2020年6月、日本のスパコンとして実に9年ぶりにTOP500(一番歴史の古いランキング)で世界一に返り咲き、かつ他の主要ランキングでも1位を独占しました。その性能は圧倒的に世界をリードしたのです。2022年9月にアメリカに抜かれましたが、現在もなお2冠を維持しており、ほぼ互角の力を持っています。ポスト「京」である「富岳」という名前は公募で決まりましたが、かねてから著者が「性能は高く、用途は広く」を理想像として、富士山の姿を挙げてきた活動に、ぴったり一致した名前でした。
「富岳」は、神戸市の神戸ポートランドの南端にある、国立研究開発法人理化学研究所、計算科学研究センターの中にあります。約3000平方メートルの室内に、筐体が432台並んでいますが全く静かです。冷却方式を水冷式にしたからでした。CPUの数は約16万個、連携して一つのシステムとして動き、計算性能はスマホ2000万台に匹敵します。
使いやすさを第一にしたCPU「A64 FX」は、汎用性が一番の特徴です。命令セットARMが幅広い用途に対応しているので、様々な用途に応用範囲が一気に拡大しました。自動車開発では、空力性能とデザイン性を両立させる設計で、空間を細かく分割したメッシュによるシミレーションができるので、CADの検証も即座に可能になります。コロナ対策では飛沫拡散の様子が再現できました。創薬でも短時間で最適解を見つけています。線状降水帯を高精度で予測しました。地震の研究も期待されています。汎用CDUの威力は絶大でした。
本書では、「富岳」開発秘話が、生々しく語られています。「2位ではダメですか」の衝撃を乗り越えた苦労はたいへんでしたが、スパコンの認知度が一気に上がりました。著者は1996 年に、東工大の助教授になり、スパコンの開発に取り組みました。2006 年に初代の「TSUBAME」を完成させ、TOP500 で国内トップの7位になりました。当時の海洋開発機構(JAWMSTEC)のスパコンより格段に低コストで、大きな話題になりました。「TSUBAME」開発では、大規模なプロジェクトマネジメントが大きな課題になりました。著者はそれをNASAのアポロ計画に学びました。その経験が「富岳」に活きたのです。
1969年のアポロ月面着陸の当時、著者は小学1年生の科学少年で、図鑑や百科事典、科学者の伝記などに夢中になっていました。科学実験や電子ブロックで遊び、小学校4年から中学1年まで、父の転勤でアメリカ・ワシントンDCの近くに暮らしました。帰国してすぐマイコンに嵌ります。西武のパソコン売場で、のちに任天堂社長になった岩田聡さんと親しくなりました。著者は高1,岩田さんは東工大1年生で、一緒にプログラムをつくり、ハル研でアルバイトしました。岩田さんに「研究者になれ」といわれたのが運命でした。「了」

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