松田裕之訳、CBS出版(1987年)
国際間の摩擦や紛争、民族問題、企業間の競争などの諸問題は、ゲームの理論における「囚人のジレンマ」のモデルによって表現することができる。
アメリカの新進政治学者の著者は、このモデルを用いてゲーム理論の専門家14人に呼びかけ、各自の戦略で合計12万回対戦を反復してその得点を競うコンピューター選手権を開催した。メンバーの持ち寄った戦略は多様で、「オール裏切り」、「デタラメ」、「堪忍袋」(2回裏切られたら1回仕返しする)など趣向を凝らしたものもあった。ところが全く意外なことに、トロント大学のラボポート教授による最も単純な戦略が優勝した。それは「しっぺ返し戦略」と呼ばれるもので、次のような戦略を徹底して続けることであった。
1.まず初回は協調する。
2.次に初回に相手がとった行動をとる。つまり相手が裏切ったらこちらも裏切る。
3.相手が反省して協調してきたら直ちにゆるす。
著者は全く先入観なしにこの実験を企画した。純粋にどのような戦略が有利なのかをしりたかったのである。しかしこれではあまりにも単純すぎる。もっと強い戦略が存在してよいはずではないか。
この単純な結果に疑問を持った著者はこの結果を公表して、より広く6カ国(アメリカ、カナダ、イギリス、ノルウェイ、スイス、ニュージーランド)から62人をを集めた。その専門は、コンピューター、物理学、経済学、心理学、数学、社会学、政治学、生物学、進化論などで、先の教訓を生かしてさらに技巧を凝らした複雑な戦略が多数あった。例えば「試し屋」(相手の性格をみて強いと見たら協調する)、「弱いものいじめ」、「挑発屋」(相手を挑発しておいて食い逃げする)などもあった。しかし今度もまたトロント大の「しっぺ返し戦略」が1位となった。
「しっぺ返し戦略」は実にたくましい勝ち方をした。勝ち抜き戦に入っても、強い相手をすべてしりぞけた。「弱いものいじめ」は、はじめ好調だったが弱い相手が絶滅したあと強い相手と戦うことになって敗れた。長い付き合いの中で勝利をおさめたのは、この「しっぺ返し戦略」ただ一つであって、その勝利のポイントは次の2点にあった。
・自分からは決して相手を裏切らない上品さ。
・もし相手が裏切ったら即座に激しい怒りを表してやり返すこと。
先々の長い付き合いをしてゆく競争相手に、この戦略は最初のうちこそ不利になる局面はあっても、対戦を続けるうちに次第に強さを見せ、相手もそれに気づいてくると同調者が増え、やがて安定した集団が形成される。協調への道筋が明らかになった。
この壮大な実験により、競合関係の中で自己の利益を追求してゆくと、結局は共生の戦略が最も有利であること、そして共生こそが自己保存の本能を充たすものであることが確かめられたのである。この行動原理は生物社会のバクテリアなどでも観察されている。社会の大局的最適化をめざす新しい道徳工学として注目したい。「了」