「ボッコちゃん」星 新一著2020年7月17日 吉澤有介

新潮文庫、昭和46年5月刊:

これはショートショートの作家、星新一(1926~1997)の自選短編集です。本書には初期の作品を中心に50編の短編が収められていますが、あとがきでどれも著者自身のとくに愛着の深いものというだけあって、珠玉の短編集となっています。その特徴である寓話的な超現代性がよく表れていました。洗練されたユーモア感覚につい引き込まれてゆくと、突然に予期しない結末が待っています。その一つだけ、あらすじをざっとご紹介しましょう。

「ボッコちゃん」は女性のロボットです。人工的のものですから、いくらでも美人につくることができました。完全な美人ができあがったのです。すこしツンとしていましたが、それも美人の条件でしょう。つくったのはバーのマスターでした。全くの趣味だったのです。

肌ざわりも本物そっくりで、見分けがつきません。ただアタマだけは空っぽで、できることは簡単な受け答えと、酒を飲むことだけでした。マスターは、それをカウンターのなかに置きました。新しい女の子が入ったので、たいへんな人気となりました。だれもロボットとは気づかずに話しかけ、酒を飲ませました。それでも彼女は一向に酔いません。

カウンターのなかでは、マスターが時々しゃがんで、彼女の足から出ているプラスチックパイプから酒を回収して、お客に飲ませていました。人気は高まるばかりだったのです。

ひとりの青年が熱を上げて、通いつめました。ついにオカネが尽き、これが最後とバーに来て、お別れに酒を飲み合いました。「もうこられないよ」、「悲しいわ」、「きみくらい冷たいひとはいないよ」、「殺してやろうか」、「どうぞ」、そんなやりとりのあと、彼はポケットからクスリをとり出してボッコちゃんに飲ませ、そのまま夜の街に消えてゆきました。

マスターは青年が出てゆくと、残ったお客に声をかけました。「これからは私のおごりですから、皆さん存分に飲んでください。」マスターはしゃがんでパイプから酒をくみとり、お客も自分も乾杯しました。結末はみなさんもうおわかりでしょう。

これはまさしくアンドロイドの未来図でした。初期の代表作の一つで、初出は1958年でしたが、その先進性には驚くばかりです。美人アンドロイドは、近年大阪大学の石黒教授によって実現しました。もしもこれを新宿歌舞伎町などの夜の街に活用したら、新型コロナ対策になりそうですが、いかがでしょうか。

本書にはさらに「悪魔」、「おーい でてこーい」、「殺し屋ですのよ」、「冬の蝶」、「人類愛」、「最後の地球人」などの、アイデアとユーモアにあふれた、ミステリーの名作がずらりと並んでいます。その順序は著者のこだわりを表していました。

ちなみに、著者は東京大学大学院の出身です。祖父は東京大学名誉教授で著名な人類学者小金井良精、祖母は森鴎外の妹喜美子で、この祖父母にとくに可愛がられて育ったそうです。父はいうまでもなく星製薬の創業者、星一でした。著者も父の急逝で社長を継ぎましたが、すでに経営は悪化しており、まもなく会社を手放して、創作活動が一気に花開きました。

作品は世界の20言語以上に翻訳されています。あらためてこの科学者SF作家を読みなおしてみると、また新しい発見がありました。皆さんも古い文庫本を探してみませんか。「了」

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