毎日新聞出版、2018年12月刊 著者は。クラゲを専門とする海洋生物学者です、愛媛大学理学部出身で北海道大学大学院を修了、助手、講師を経て、京都大学フィールド科学教育研究センター准教授となり、その後独立してベニクラゲ再生生物学体験研究所を設立し、自ら所長に就任しました。
この世界には、不老不死の動物がSFの話ではなく現実に、そのような驚異的な能力を持った多細胞動物が存在しています。それが著者のこよなく愛する「ベニクラゲ」でした。
直径は1cmもない、ごく小さな美しいクラゲで、世界中のどこの海にも棲んでいます。
クラゲという生き物は、この地球上に約6憶年前に出現しました。さまざまな種が出ては消え、刺胞動物門としてとして現在は何千種もいます。大きさは直径にして、1mmの小さなものから数mの巨大なものまでいて、形も千差万別ですが、大半は遊泳能力がなく、水の流れのままに生きるプランクトンです。プランクトンはすべて微小とは限りません。
クラゲの特徴は、多くは傘型で、ほぼ透明、ゼラチン質で柔らかく弾力性があります。傘の縁に刺胞と呼ばれるミクロの注射針があって、カプセルに入った毒液を時速100㎞の猛スピードで突き刺します。しかも逆棘なので、相手に刺さると抜けません。毒はコプラより強いものもあって、恐ろしさは格別です。その進化の道筋は今も謎に満ちているのです。
傘の中には、口唇と胃を合わせた傘の柄のような「口柄」という食べる器官があり、触手で捉えた獲物を、毒針で射止めてから飲み込みます。口柄の外側は生殖巣で囲まれています。
クラゲの一生は複雑怪奇でした。おとなのクラゲの雌雄から生まれた受精卵は、卵割してプラヌラという幼生になり、海底に付着してポリプとなります。ポリプは無性生殖の「出芽」によって増殖分裂し、やがて身体の一部を幼体クラゲであるエフィラとして海中に分離放出します。そのエフィラが自力で成長して数か月で親クラゲになるのです。ポリプのまま生き続けるのが、近縁のサンゴやイソギンチャクですから、クラゲとは構造がよく似ています。
このクラゲの、昆虫にも似た変態が、形態を複雑化させ、系統分類を困難にしてきたのです。
著者は、幼いころから海の生物に親しんできました。愛媛大学理学部から北大に移り、貝と共生しているカイヤドリヒドラクラゲが、生殖を終えてすぐ死ぬことに注目して、個体を短命にして種を永続させる進化の妙に触れました。それが一転して若返りクラゲへの発想につながることになります。イタリアでの国際会議で、ベニクラゲが老衰するとまたポリプに戻る現象があると知り、日本産ベニクラゲの若返り研究に取り組むことにしました。
イタリアでは抗生物質を使ってポリプに戻していましたが、著者は純粋な自然環境での若返りを追求し、2000年9月に鹿児島湾のベニクラゲで初めて成功します。もともと再生能力のあるクラゲですが、致命的な刺激を受けたりすると、部位の再生ではなく、ポリプにまで立ち戻ることによって、若返る方法を持っていました。そのポリプから再びクラゲ芽を出して、若いクラゲが遊離していったのです。細心の注意を払って飼育して、同一個体で何と14回もの若返りを実現しました。世界で唯一の事例です。若返りのメカニズムはまだよくわかりませんが、脊椎動物の人間にも、何らかのヒントになることは確かでしょう。「了」