「土 地球最後のナゾ」 藤井一至著 2019年8月31日 吉澤有介

  100憶人を養う土壌を求めて 光文社新書2018年8月刊

著者は、京都大学農学部出身の土(土壌)の研究者です。森林総合研究所主任研究者として、極北の永久凍土から熱帯雨林まで、スコップを手に世界を回り、土の成り立ちや利用方法を、地道に研究してきました。これまでに日本生態学会などの多くの賞を受賞しています。

月や火星には土がありません。「土壌」の定義は、「岩の分解したものと、死んだ動植物(腐植)が混ざったもの」ですから、動植物の確認されていない月や火星に土壌はなく、あるのは岩や砂だけなのです。まもなく到達する世界の人口100憶人を養う「肥沃な土」があるとすれば、それは地球にしかありません。土は成分によって色が違っています。日本の土の多くは、火山灰に腐植が混じった黒色です。甲子園の高校球児が、黒く汚れるゆえんでした。沖縄・東南アジア・アフリカなどの、熱帯・亜熱帯の土は、鉄さびが多くで赤色をしています。中国の黄土高原やスゥエーデンでは、腐植や粘土が少ないので、黄色か白色になります。土の性質は、そのような腐植と粘土の量と、粘土鉱物の種類で決まります。色と手触りで、土の粒子の保水力や養分などを判断して、おおよその肥沃度を知ることができるのです。

ところでその土の種類は、土壌のもとになる岩石や、地形、気候、生物、それに時間の五つの環境条件により、世界中で12種類しかありません。まず岩石が風化して最初にできた土を未熟土と呼びます。これが極寒の地では永久凍土、乾燥地帯では砂漠土になり、腐植が蓄積すると、ウクライナや北米などのチェルノーゼム(黒土)、それに粘土が加わるとさらに肥沃な粘土集積土壌になります。未熟土のまま水浸しになると泥炭土に、粘土が多くなるとこれも肥沃なひび割れ粘土質土壌になり、火山灰は黒ぼく土となります。未熟土の風化が進むと若手土壌と呼ばれ、寒冷地では酸性で針葉樹の育つポドゾル、熱帯では鉄分の多い強風赤黄色土に、さらに風化すると各地に多い痩せたオキシソルになります。しかし、そもそも土とは何なのか。わからないことが一杯で、地球最後のナゾといわれています。

著者は、「肥沃な土」を求めて、世界の12種類の土を探る旅に出ました。用意するモノは長靴とスコップです。まず大学の研究室の裏山に入りました。猛烈な蚊に襲われながら、頂上付近を掘ってみると、土は僅か5㎝の深さで岩に突き当たります。土はできたての未熟土でした。ところが斜面の中腹には、厚さ1mもの立派な土壌がありました。落ち葉などの腐植層の下には褐色の粘土がある、未熟土が成長した若手土壌です。これが世界でも有数な肥沃な土だとわかったのは、世界を巡った15年後のことでした。とくに日本全国にある火山性の黒ぼく土は、豊富な腐植が二酸化炭素を多量に固定しています。日本の土が酸性なのは、腐植から溶け出す二酸化炭素のためでした。酸性は、農作物にはやや問題ですが、鉱物の風化を進め、土や粘土を生み出し、生物活動を活発化するメリットが大きいのです。

スコップ一つの世界の旅は、不審者とみられて通報されたり、宝探しかと現地人に囲まれたり、スコップの機内持込みを断られたり、スーツケースが紛失したりの厳しいものでした。

世界の肥沃な土は、ごく限られていました。著者は、国連の食糧農業機関(FAO)の委員として、世界の研究者と土壌情報を集め、肥沃な農地を増やす活動を続けています。「了」

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