講談社ブルーバックス2018年8月刊 著者は化学を専攻し、東京大学大気海洋研究所などを歴任した名誉教授です。研究船や潜水船によるフィールド調査での、化学的手法による海洋研究で多大の業績を挙げています。先に、同じブルーバックスの「日本海、その深層で起こっていること」もご紹介しました。
太平洋は、世界最大・最深の海です。日本列島は、この巨大な海に直面し、我が国はその一部を排他的経済水域(EEZ)として管轄しています。6000メートルより深い「超深海」に限れば、我が国が世界でトップのEEZを保有しているのです。著者は、その表層の海水に加えて、深海底の地形までを包含する、3次元の視点から全体像をとらえています。
まず海水の動きですが、太平洋には海洋の表面に陸の大河のような、まとまった海流があります。北半球の北側には「亜寒帯循環」が反時計回りに、その南に黒潮を含む「亜熱帯循環」が、楕円形を描いて時計回りに流れ、南半球でも「亜熱帯循環が時計回りしています。いずれも貿易風によるものですが、地球の自転によるコリオリの力も加わるので、黒潮は秒速1~2mにも達しています。また海水が動いているのは表層だけでなく、「深層循環」が世界中の海をつないでいます。「ブロッカーのコンベアベルト」と呼ばれ、北大西洋から北太平洋まで、時速5m、ほぼ2000年をかけて循環し、海底の地形による乱流で表層に戻ります。その海水が18世紀以降、明らかに変化を示して、大気中のCO2濃度の増加による海水温度の上昇、海水の酸性化、マイクロプラスチック滞留問題などが顕在化してきました。
海底の地形は、最近の観測技術の進歩で、次第に明らかになってきました。太平洋の東側に、ほぼ南北に連なる海底火山の「中央海嶺」があります。水深は2000~3000mの世界有数のマグマ供給源で、左右に新しい海底を生み出しています。西向きでは、年間10㎝の速さで動く太平洋プレートで水深は次第に深くなり、1億年以上をかけて西太平洋で深さ6000mに達した後、一気に1万mの海溝へ落ち込んで、大陸のプレートの下に沈んでゆきます。その外側にマグマが発生して「環太平洋火山帯」と呼ばれる島弧火山が生まれるのです。
また太平洋の火山には、タイプの違う「ホットスポット火山」があります。地球深部のマグマが、プレートを突き抜けて噴出しています。ハワイ島などで、位置はほとんど動きません。活動を終えると古い火山は、動くプレートに沿って整然と並びます。海底火山では熱水が噴出して、希少な重金属資源を析出しているので、近年特に注目されるようになりました。
ハワイ島に始まるホッとスポット火山の列は、北に約2000㎞も直線状に並んでいます。いわゆる「天皇火山群」で、日本の古代天皇の名が国際名称になっています。そこには大きなドラマがありました。発見したのは、測量船「陽光丸」(1050トン)で、太平洋戦争勃発直後の1942年4月、この危険水域に無防備のまま踏み込んで測量したのです。データは戦況の悪化で極秘に保管されたままでした。それを蘇らせたのは、アメリカの海洋地質学者、R・デイーツ博士でした。東大客員教授として来日してデータを見つけ、1954年に論文発表しました。そのとき日本の測量隊に敬意を表して、読んでいた「古事記」から古代天皇の名をとったものとみられます。そして不朽の名著「大平洋底拡大説」が生まれたのです。「了」