—砂漠・温泉から北極・南極まで— 築地書館、2018年11月刊
著者は、広島大学の長沼毅教授のもとで微生物学を専攻しました。微生物とは、目に見えないほどの小さな生き物の総称です。私たちの身の周りにも、カビや酵母などの菌類、アメーバなどの原生動物、小さな藻類、それに各種の細菌(バクテリア)がいます。中でも細菌は、たとえば大腸菌で長さ1~2μmと極めて小さい。細菌の数は膨大で、地球上のあらゆるところ、どのように厳しい環境でも棲んでいます。著者は、極限環境に生きる微生物を、特に「辺境微生物」と呼んで、その細菌の世界に深く入ってゆきました。辺境微生物は、私たちの想像を超える驚くべき能力を持っていたのです。その生き様を知るには、まず現場に行くことに尽きます。そこで著者の地球辺境へのフィールド調査の旅が始まりました。
大学院生の著者は、長沼教授と二人でチュニジアからサハラ砂漠に入りました。乗り難いひとこぶラクダに苦しみながら、2週間にわたってGPSを頼りに奥地で砂を採取します。試料はすべて輸入許可が必要でした。帰国後はまず培養実験です。液体を寒天で固めた固体培地で微生物を育てると、数種のコロニーができ、それをより分けて純粋培養してゆきます。
微生物学は1977年、アメリカのカール・ウーズによって、革命的な進展を遂げました。リボゾームRNA遺伝子の塩基配列を使えば、生物は真正細菌、古細菌、真核生物の三つに分類できることがわかったのです。真核生物は動物や植物などですが、真正細菌や古細菌にも同じかそれ以上の多様性があり、それぞれの違いを確かめてゆくと、全生物の系統樹を描くことができるようになりました。微生物も純粋培養して、そのDNA情報を調べれば、これまでに登録された膨大なデータベースと照合することで、新種かどうかがわかるのです。
著者らのサハラの菌には、際立った特徴がありました。その分類群は何と新種どころか新しい「綱」でした。生物の階級は「界」、「門」、「綱」、「目」、「科」、「属」、「種」の順です。論文は2014年の国際微生物系統進化雑誌(IJSEM)に掲載され、大ニュースとなりました。
温泉の微生物は、薩摩硫黄島の高温、強酸性で知られる東温泉で調査して、古細菌をたくさん見つけました。次いでオマーンでの温泉調査チームに参加しました。橄欖岩地帯の高アルカリ泉です。pH11もありながら微生物たちは炭酸塩鉱物をつくっていました。
さらに著者は北極圏にあるスピッツベルゲン島の温泉の調査に行くことになりました。国際極年の中で、「極域の地球環境変動下における微生物学的、生態学的応答」(代表は長沼教授)というプロジェクトに参加したのです。この島での調査は刺激的なものでした。国際観測村のある島全体が環境に及ぼす活動が厳しく規制されています。ところがまずライフルの訓練から始まるのです。ここでの微生物にも新種の可能性がありました。しかもゴビ砂漠や出雲市の微生物とも近縁だったのです。時空を超えた微生物の活動がありました。
こうなるとやはり南極にも行きたくなります。静岡県三島市にある遺伝研にポスドクとして在籍しているうちに、2014年の第56次南極観測隊に参加する機会をつかんだのです。夏の南極の露岩域にある湖には、驚くべき微生物が群生していました。著者の辺境微生物の旅はまだ続いています。未知の微生物と出会う喜びは格別です。まあ羨ましいこと。「了」